スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

328 似てる──?

公開日時: 2025年1月4日(土) 09:39
文字数:1,143

 下手なハッピーバースデーを聞かされて、このまま京子を抱き締めたかった。

 けれど、広げた両腕は彼女に触れる前に下へ落ちる。


「ありがとうな」


 精一杯作った笑顔でもう一度礼を言った所で、ふと背後の気配に気付いた。

 制服姿の久志ひさしが、階段の手前から「やぁ」と手を上げてやってくる。


「凄い気配がしたから心配して来てみたけど、タッチの差で京子ちゃんの方が早かったね」

「久志さん……ありがとうございます」


 久志は「いいよ」と風に乱れた髪を耳に掛けた。

 屋上に空いた穴を覗き込んで「うわぁ」と顔をしかめ、「そうだ」と京子を振り向く。


「アッキーがテントで京子ちゃんの事探してたよ。行ってあげて」

「アッキー? 誰だ?」

彰人あきひとくんですか? 分かりました、向かってみます。二人ともまた後で」


 聞きなれない言葉に眉をひそめる桃也を置いて、京子が階段の方へ走っていく。そして鉄扉に手を掛けた所で、くるりときびすを返した。

 1人で何かを納得した様に「いっか」と呟き、今度は逆向きに走り出す。

 京子は屋上の端まで移動し、躊躇ためらいもなくヒョイとフェンスを飛び越えた。


「京子、ここ四階──!」


 桃也の慌てた声も空しく、数秒置いて着地音が届く。フェンスから恐る恐る下を覗き込むと、フィールドを走る彼女の背が見えた。

 冷や汗をそっと拭うと、久志が「無茶するよね」と横に並ぶ。


「無防備だし、天然って言うか。彼女を好きだって人はさ、そういうトコ全部受け止めて支えてあげたいって思うのかな」

「……そうですね」


 意味深な顔で覗き込んで来る久志に、桃也は否定する言葉が見つからなかった。

 キーダーになるまでの自分はそうだったと思う。彼女を支えてずっと一緒に居られたらいいと思っていたし、「ありがとう」という笑顔を見れるだけで何でもできる気がした。

 キーダーになっても、そうやって隣にいれたらいい──きっと今の綾斗あやとが理想だった。けれど今そのポジションに着きたいかと言われると、答えに戸惑ってしまう。


 そんな桃也の気持ちを汲み取って、久志が「けどね」と続けた。


「僕にはそういうのできないかな」

「……はい?」

「さっきの見てたよ。まだ彼女に未練みれん残ってる?」

「ちょっ……久志さん?」

「タッチの差だったって言ったでしょ? 京子ちゃんの手際が良くて、声掛けるタイミング逃しちゃったんだよね」


 ということは、全部見られていたという事か。

 迂闊うかつだった。忍の気配が消えて、京子と二人きりだと思っていた。

 それが彰人なら文句の一つも言えるが、久志相手にそうはいかない。


「未練は残ってないです……」

「そういうトコ、僕に似てるなって思うよ」

「俺が久志さんにですか?」


 久志は仲間の戦うフィールドを見渡し、流れていく雲を見上げた。


「僕、昔好きな女の子が居たんだ」


 屈託くったくのない笑顔を広げて、久志はまさかの恋愛話を始めた。





読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート