出生時の血液検査は国民の義務だ。
そこでまず人は能力者か非能力者に振り分けられる。
『キーダー』だと分かれば力を抑制させるために銀環がはめられ、十五歳で『アルガス』という機関に入り、日本を守る仕事をするのだ。それを拒否すると、キーダーとしての権利や肩書、力までもを剥奪されて、ノーマルと同じ一般人の扱いになる。そんな人を元能力者と呼んだ。
即ち、この国で力を持って生きるという事は、その力を国へ捧げることを意味する。
ところが、この流れから外れた能力者が存在するんだと銀次は説明した。
「能力があっても、稀に検査をスルーして、アルガスの管理下から外れてるヤツがいるんだよ。産院じゃない所で生まれたり、外国とか規制が緩い場所だな。故意じゃないにしても、もし何も知らずに大人になって突然自分の潜在能力に気付いたらどうすると思う?」
「アルガスに報告しなきゃならないだろ。義務なんだから」
米神に流れた汗を拭いながら龍之介が答えると、銀次は「そう言うと思ったわ」と笑った。
「それは優等生の答えだろ。まぁ、俺だってキーダーになりたいからそうするけどさ。アルガスの束縛を逃れた能力者は、『バスク』と呼ばれてその力を悪用しようとするんだよ」
「悪用?」
「だって、何でもできるんだぜ?」
確かに手を使わずに物を自由自在に操ることができるのなら、強盗でも殺人でもありとあらゆる完全犯罪も容易くできてしまうだろう。
「だから、それを取り締まるのがキーダーの仕事だ。バスク相手にノーマルの警察じゃ話にならない。それこそ、この世界で人が一番恐れるのは、能力者対ノーマルの勢力図だ。昔は色々あったみたいだけど、今はノーマルがキーダーを祭り上げてバスクを取り締まらせようってのがアルガスの存在意義みたいなものだな」
「そうだ」と顔を上げて、銀次はポケットから自分のスマホを取り出した。
「隕石とか爆発とか、キーダーが関わる事件は多いけど、一年前くらいだったかな、あぁ日付がそうだ。去年の秋、町中で突然キーダーとバスクが戦闘になったらしい」
龍之介にモニターを向け、一枚の写真を見せる。
「芝高のコが偶然居合わせたって言って、写真を送ってくれたんだ」
「また女子か?」
「文句言うなら見なくていいんだぜ?」
引き戻す銀次の腕にしがみ付いて、龍之介は「お願いします」と両手を合わせる。
「俺が悪かった、銀次様!」
「ばぁか」
改めて画面を覗き込むと、煙幕で翳る建物の前に、黒い人影を相手に手を伸ばす女の背中が写っていた。
左の手首が光って見えるのは、攻撃が銀環に反射したせいだろう。少しブレ気味で不鮮明なものだが、龍之介は銀環を付けた女性の背中を指差して「朱羽さん?」と尋ねた。
「いや、恐らく田母神京子だ。あっという間に決着がついたって言うからな。そんな強い人に書類仕事させとく訳ないだろ?」
「確かに……」
「それにお前の女神様はボブだって言ってたじゃねぇか」
スカジャン男が言ったように、一年前の髪型なんてどうにでもなりそうな気がするが、朱羽が何年もあの事務所で書類仕事をしてるのは事実だ。
「そうか」と納得しながら、龍之介はもし自分がバスクだったらと想像してみた。
けれど生憎自分の生まれた場所が近くの総合病院だった現実を思い出したところで、妄想は呆気なく終了してしまう。
「じゃあ、またな。今度ゆっくり仕事の話聞かせろよ」
先にバイトへ向かった銀次を見送ってから、龍之介はのんびりとベンチから立ち上がった。
日向に出た途端ダラダラと流れ出した汗が目に入って、瞼の端がヒリと痛む。
足を止めて「痛ぇ」と何度か瞬きをしたところで、龍之介はぼやけた視界に入り込んだ人影にハッと息を呑んだ。
この状況で再会するには好ましくない相手だ。
忘れるわけもない。
あの桜の夜に龍之介からバイト代七万円を奪おうとしたチンピラが、公園の入り口の向こうを右から左へと横切っていく。スカジャンではなく、黒地に派手な花模様のアロハシャツ姿に、記憶と同じ金色のネックレスをジャラつかせている。
奴の動きを視界の隅に捉えながら、狼狽える気持ちを抑え付けた。
あの日一緒だった刺青の女はいない。ただそれだけにホッとしながら、龍之介は男が行き過ぎるのをじっと待った。
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