「何かきっかけがあったと考えてもいいんじゃないかな」
「きっかけ……」
マサが力を失ったのは10年前。唐突だった。
朝起きて、布団の中から念動力を飛ばした──つもりだった。いつもならそれで天井の蛍光灯が光るのに、何度か試しても一向に部屋は暗いままだったのだ。最初は蛍光灯の寿命かと思ったけれど、物理的にスイッチを入れた時それは難なく明かりを灯した。
徐々に弱まった訳でもなく突然ゼロになった力は、何をしても戻らないまま今に至る。
「きっかけってのは想像に過ぎないかもしれないけど、京子ちゃんがされたみたいに特殊能力とやらで記憶までいじられたらお手上げだよね」
「それって、能力者が絡んでるって言ってます?」
彰人がバスクだということがバレて、彼の父である浩一郎が京子からその記憶を抜いた。ただそれは記憶の操作であって、能力を消すものではない。
力が消えた理由を能力者の仕業だとは、今まで考えたこともなかった。
トールになるには能力者の力が必要で、銀環を外すと身体に反動が起きると言われているからだ。あの日痛みも苦痛も何もない朝を迎えたマサは、力だけがスッポリと抜けていた。
「可能性の一つを言ってるだけだよ。身に覚えは?」
「ありません。浩一郎さんに初めて会ったのも、三年前なので」
「そうか」と机に肘をついて、颯太は絡めた指に唇を押し付けながら目の前に並んだファイルの背表紙をぼんやりと眺めた。
「浩一郎さんにそんな力があるなんて、俺はここに戻るまで知らなかった。キーダーやバスクの力ってのはさ、深く知れば知る程謎めいて、複雑だなって思うよ」
「颯太さんが居た頃、他にそういう人は居なかったんですか?」
「そういうってのは、キーダーの中で特別な力を持った人ってこと?」
「はい」
颯太は再びマサに身体を向けて、ニヤリと口の端を上げる。
「バーサーカーって呼ばれてた人は居たな」
「バーサーカー……ですか? そういうのがあるってのは知ってましたけど……」
昔、資料庫で読んだ書類で見掛けたことがある。言葉としては頭に入っているが、他にも想像で書いたようなカタカナが幾つも並んでいて、あまり興味が湧かないままファイルを閉じてしまった。
実際に見たり聞いたりしたことのある特殊能力と言えば、桃也のような神経を麻痺させるものや、前出の浩一郎、後はもうトールになってしまったが春に起きた戦いで敵のバスクが使ったという広範囲の空間隔離くらいだ。
バーサーカーなどという狂った肩書きを実際に持つ能力者など聞いたこともない。
思わず苦笑するマサを、颯太は「笑ったな?」と指差した。
「けど居たんだよ、そういうのが。まぁその人も結局トールになったみたいだけど」
「今はそんな能力者聞きませんからね。けど実際、どんな能力なんですか?」
「バーサーカーは、銀環の制御を破って暴走レベルの力を引き出せるんだ」
「マジですか」
「マジマジ。一回だけ発動するトコ見せて貰ったけど、化け物だぜ? 普段の気配も確かに凄かった」
「故意に暴走レベルの力を引き出せるって、キーダーとは言え怖いですね」
「だからだろうな、いつも自信あり気で俺は苦手だったわ。宇波さんとは仲良かったみたいだけど、名前……何て言ったっけな、武将みたいなのだった気が……」
今はアルガス長官の宇波だが、解放以前はキーダーのまとめ役をしていたらしい。そのせいあって、古いメンバーは彼への目が少し違うようだ。
大舎卿はアルガス解放以前の話を滅多に口にすることはない。だから颯太がこうして気さくに話してくれることは新鮮だ。
結局マサの力の解決には至らなかったが、ここに来て良かったと思う。
「あ、そうだ」
泡の弾ける音を鳴らして、颯太がペットボトルを手に目を見開いた。
「松本秀信だ! あぁ……嫌な顔思い出したわ」
颯太はぐしゃりと顔を歪ませる。
マサにとってそれは、初めて耳にする名前だった。
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