「さっきの話、本当なんですか?」
本部の食堂でカツカレーを食べる曳地に付き合って、綾斗がホットミルクを片手に食い気味に質問する。今まで耳にした事もなかった久志の恋愛話についてだ。
広島にある中国支部に配属されていた頃、久志は曳地の妹と付き合っていたらしい。
普段から他人の恋愛話になどあまり興味が湧かないが、相手が久志となれば好奇心が止まらなかった。美弦に『交代中は休め』と言っておきながら、部屋で横になってなどいられない。
「事実を言ってるだけだぜ。仲良く見えてたんだけどな、お互いに若すぎたんじゃねぇの?」
曳地は「ご馳走様でした」と腹を撫で、さっき買ったばかりのコーラをあけた。炭酸のジュッという音が人気のない食堂に響く。
「別れたのは距離の問題なんですか?」
「アイツの北陸行きが決まってすぐだったから、それもあるのかもな。けど、本当のことは当人じゃねぇと分からねぇよ」
曳地はペットボトルのコーラを一気に飲み干して、だらしなく緩めていた制服のタイを結び直した。出撃の準備だ。
「悪い」と先に謝ってから巨大なげっぷを響かせたところで、綾斗のスマホが着信音を鳴らす。
モニターに出た相手の名前に眉を顰めると、曳地が「桃也だろ」とニヤリと笑う。そんなに分かりやすい顔をしていたのかと目を逸らして、綾斗は通話ボタンを押した。
『綾斗、そっちはどうだ?』
「こっちは恐ろしいくらい平和ですよ。さっき曳地さんが到着して、今からそちらへ向かう所です」
『そうか、なら良かった』
途端に仕事モードに切り替わった曳地は、少し怖い顔で通話の音に耳を澄ませている。
桃也の声に緊迫した空気は感じないが、何か言葉を躊躇っているように聞こえた。
「桃也さん戦闘区域内からですよね? 電話してて大丈夫なんですか?」
『あぁ。それでだ、曳地さんが来るならお前も一緒にこっちへ来てくれないか?』
向こうで何かあったのは明確だ。桃也が自分へ出撃要請をするのは最終手段のようなものだと思う。
嫌な予感がしたが、どうやらそれは当たってしまったらしい。
「もしかして京子さんに何かありましたか?」
『アイツが居ないんだ。空間隔離に取り込まれたんだと思う』
「それは中で戦っているって事ですよね?」
もしもの市街戦を想定して、綾斗自身も訓練してきた。
空間隔離自体は、時間制限のあるリングのようなものだ。今現地でそれが生成されたとすれば、律か忍どちらかの仕業だろう。
『30分は経ってると思う』
「長いですね」
『なに冷静に言ってんだよ。お前、アイツと京子が一緒に居て嫌じゃねぇの?』
「嫌ですよ」
苛立つ桃也にきっぱりと答えた。そんなのは考えるまでもない。
忍は京子に好意を持っているようにさえ見えた。
空間隔離の中で戦っていればいいが、想像すればするほど邪推してしまう。
時間の長さがパワーに比例するのだとしたら、相手は忍に間違いないだろう。
『俺じゃアイツに気付けねぇ。いざって時は使えってお前が言ったよな? 京子を見つけてやってくれよ。お前なら分かるんだろう?』
「すぐ向かいます」
──『俺はバーサーカーです。いざって時は、俺を使って下さい』
前に空港で桃也に自分がバーサーカーだと伝えた時、そんな話をした。もっと切羽詰まった時の話のつもりだったが、そろそろ向こうへ行きたいと思っていたところだ。
「曳地さん、俺も行きます」
綾斗は通話をオフにして、衝動のままに立ち上がった。
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