それが悪い事だという自覚はあるらしい。
朱羽はにっこりと笑んで、龍之介のさすまたを指差した。
「修司くん、それってまだ発動させていないわよね?」
「はい。俺の力は込めてありますけど、どうするんですか?」
朱羽の笑顔がどことなく悪さを含んでいるような気がして、龍之介は修司と目くばせを交わす。
「さっき修司くんが龍之介を戦わせようとしたでしょ? 私、そのさすまたにそんな使い方があるなんて知らなかったのよ」
「そうなんですか? 久志さんが説明してるって綾斗さんが言ってましたよ」
「あぁ──聞いてなかったかも」
あっけらかんとした顔でぺろりと舌を出す朱羽に、修司が眉をしかめる。
確かに龍之介が初めて彼女の事務所へ行った時、さすまたは本棚の前で埃をかぶっていた。
「けど、いい考えが浮かんだのよ。うまく行くと思うの。ちゃっちゃと済ませて銀次くんの手当てをしなきゃ」
突撃の寸前に銀次が倒れ、さすまたは力を燻ぶった状態になっている。放置すればそのまま抜けてしまうらしいが、朱羽は「じっとしてなさい」とガイアから手を放し、きょとんとする龍之介のさすまたを横から掴んだ。
特に説明もないまま、「手伝って貰うわよ」と炎へ向かって歩く。
彼女の顔がすぐ横にあるが、龍之介にドキドキしている暇はなかった。
燃え盛る炎の近くで朱羽は足を止め、流れる額の汗を拭う。
彼女が何をするのか、誰も想像ができなかった。
朱羽が「離れててね」と修司へ指示するのと同時に、彼女の手からさすまたへと強い光がキンと走る。修司の込めた力に重ねて、さすまたは朱羽の力をも飲み込んだ。
二人分の力を溜めて、さすまたは戦闘中に見たものよりも強い光を発し、龍之介は眩しさに目を細める。
「炎と戦う気ですか?」
「それは無理よ。私は魔法使いじゃないから、嵐を起こす力はないもの」
曖昧な説明に、疑問符が増えるばかりだ。
けれど、これがどんな作戦かなんてどうでもいい気がしてくる。
「俺は朱羽さんの助手ですから。朱羽さんが望むなら、何だってしますよ」
「言うわね、龍之介。ありがと。私にタイミング合わせてくれればいいわ。反動が強いと思うけど、目は閉じていてもいいから離さないでね」
「反動?」
意味が分からないまま龍之介が彼女の視線を追って顔を落とすと、そこには防波堤へと続く硬いコンクリートの地面があった。
「何するんですか?」
「そこに蛇口があるじゃない? それを狙えば水が出ると思って」
「蛇口……? まさか水道管破裂させるつもりじゃ」
「当たり!」
彼女が示す建物は、まだ被害が少ない。
壁に貼り付いた給水コックを確認して、龍之介は「本気ですか?」と息を呑む。
「本気よ」
朱羽は満面の笑みを広げて、引き上げたさすまたをくるりと上下反転させた。先端の二股が地面に向く。
「どうなるか分からないけど、チャレンジは大事でしょ? だからちゃんと掴んでて」
「ちょっ、朱羽さん!!」
朱羽が力を込め、勢いのまま腕を振り下ろした。
ズンと重い衝撃が全身に響いて、龍之介は驚愕に塞いだ目をこじ開ける。
折れてしまうと思ったさすまたの先端は地面を捕らえ、コンクリートに突き刺さっていた。
一呼吸の沈黙を挟んだ後に衝撃が襲う。わんわんと強い力がさすまたを押し上げてきて、龍之介は慌てて柄にしがみついた。
そのタイミングで、修司も理解したらしい。
「ちょっ、これってまさか……」
「しっかり押さえて。修司くんも援護お願い!」
「はいっ!」
修司の声と同時に龍之介の手元が少しだけ軽くなったのは、彼の念動力のお陰だ。その後ろでは、目も口も広げて驚愕するガイアがいる。
「本当にやっちゃった……」
「龍之介、怯えてる暇なんてないわよ。気を抜いちゃ駄目!」
狼狽する龍之介をよそに、朱羽が更に力を込める。
龍之介にはその気配を感じ取ることはできなかったが、修司とガイアがその凄まじさに顔を歪めて「うわあっ」と悲鳴を上げた。
勢いが地鳴りを響かせながら管を遡る。そのルートに沿って足元のコンクリートがバリバリと亀裂を刻んだ。
何ヶ所からも水が吹き上げる様は魔法のようで、龍之介はそれまでの動揺を「うわぁ」と歓声へ変える。
高く立ち上る冷たい水は、炎を押し上げるように広がっていった。
けれどそんな水芸のような技に感動したのも束の間、その数秒後には消防車のサイレンが幾重にも鳴り響いたのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!