敢えて聞かなかったが、階段を上へと移動する桃也の背中に修司は緊張を走らせていた。
『キーダーは』という山で聞いた話への不安を口にすることができず、牽引されるように駆け上がっていく。
四階を超えたところで重低音を響かせるプロペラの振動に気付いた。
今更引き返すこともできず開け放たれた扉を潜ると、開放された空にヘリコプターの激しい音が響き渡った。
もうすっかり夜の空が広がっていて、遠くに慰霊塔の白い光も見える。
中央に印されたヘリポートに乗った機体は、山で見たよりもずっと大きかった。
「コレで行くんですか?」
わんわんと回るブレードに息を呑む。別の手段が用意されているとは思えない。
「緊急時は車や電車じゃ間に合わない時があるからな。キーダーはヘリでの移動が三割くらいだ。別に嫌なら今日はここに残ってもいいんだぞ?」
「いえ、行きます! けど、パ、パラシュートはちょっと……」
キーダーは空にパラシュートを咲かせるという。
修司は高所恐怖症という訳じゃない。足手纏いになりたくないのは山々だけれど、空から飛び降りる勇気だけはどうしても出なかった。
「ロープで降りる時もあるし、俺がタンデムしてやってもいいんだぜ? それなら訓練してなくても行けるだろ?」
宙へ身を投げ出す以外の選択はないのだろうか。
「タンデム、って。桃也さん、そういうの資格とか持ってるんですか?」
「いや、持ってねぇけど。ベルト付けとけば、どうにかなるんじゃないか?」
「無理ですってば! しかも夜ですよ?」
真顔の桃也に全身で大振りに否定して、修司は小動物のように目を潤ませた。
「キーダーは力があるだろ? いざとなったらパラシュートだって自分の身体だって思いのままになるよ。な?」
「な? って……」
「まぁ近藤に感謝するんだな、あっちにもヘリポートがあるらしいから」
「神様!!」
まだ訓練もしていない身で、落下する自分を冷静にどうにかできるとは到底思えない。
不本意ながらも、修司は近藤に向けて大声で安堵を叫んだ。
桃也に続いてヘリへ搭乗し、四人乗りの座席に桃也と向かい合わせで座る。
シートベルトを留めると、先に乗り込んでいた操縦席の男二人が桃也に合図を送った。
「コージさん、無理言ってすみません」
「気にするなよ。君のお願いは聞いといた方が、後々良い事ありそうな気がするしね」
「何ですか、それ」
スピーカーから聞こえるパイロットの声は、落ち着いたハスキーボイスだ。
機内はプロペラと風の音で閉塞感を覚えるが、想像していたよりもうるさくはなかった。これもアルガス技術部の手掛けた特別仕様だからだそうだ。
「俺は損得勘定で動いてるだけだからさ」
「分かりました。じゃあ、お願いします」
「了解」
桃也は暗い闇を見渡して、修司にそっと声を掛ける。
「空からの眺めはいつ見ても爽快だぜ。向こうは戦場だから、少し休んでおけよ」
「戦場ですか……」
「覚悟して来たんだろ? 気ぃ抜くなよ」
「はい……」
次第に高まる音に、修司は「テイクオフ?」と小声で呟き、両手を固く膝の上で握り締める。
フワリと地面を離れた感覚が全身に伝わった。旋回しながら機体はゆっくりと高度を上げる。
今日が無事で終わりますように――そう祈りながら桃也の視線を追った。
譲が今日を『決戦の日』だと言っていたが、修司にとってもそんな日になってしまった。
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