キーダーとの戦場を湾岸にあったショッピングモールの廃墟に決めたのは、まだ佳祐が生きていた春の事だ。それから今日までずっと計画を進めてきた。
「君たちにはキーダーと戦って貰うよ」
「殺しても構わない」と添えた忍の一言に、空気がどよめく。
キーダーの力を得られるという誘惑につられて集まった100に近い数の男女は、今初めてその交換条件を耳にする。
既に薬は腹の中だ。引き返すタイムリミットは、セーラー服の彼女たちが去った所で終了していた。
「ちょっと待てよ、そんなの無理だろ? 死ねって言ってんのか?」
「誰もそんな事言ってない。解釈を間違えるなよ。ここに来るキーダーと戦って、俺たちが勝てばそれで終わりだ」
「なっ──勝てるわけないだろ!」
ひょろりとした長髪の男が、喚くように声をあげる。
彼はリョージに会う時、いつもその背後に居た男だ。大人しそうな顔をしているが、あの界隈ではリョージと同等のリーダー核だったのかもしれない。
周りの男たちが彼の言葉に同調して騒ぎ出す。
二十歳にも満たない彼等の親は、アルガス解放前の時代を物心の付いた年齢で生きた世代だ。キーダーが国民を守る立場であるのと同時に、一般人じゃ到底敵わない相手だと言う解釈が染みついているのだろう。
忍は「はぁ?」の一言で彼等の意思を退ける。
「お前等、さっき俺が帰っても良いって言った時、残ってたじゃねぇか。タダで得られる物がこの世にあると思うなよ? 犯罪に手を貸す事ぐらい想像してたはずだ」
「キーダーと戦うって知ってたら、薬なんて飲まなかった!」
「自分の行動に責任を持てよ」
「甘いんだよ」と一蹴して、忍は長髪男を睨みつけた。
「お前等が戦いに慣れていないのは分かってるよ。けど、お前等にくれた力はキーダーと同等だ。身体に溜め込んだ闇を吐き出してやれ」
「闇……」
「あるだろう?」
挑発的な忍に戸惑うよりも先に、男はハッと眉を上げ、自分の喉元を掴んだ。
薬による身体の異変を自覚したらしい。そして覚醒したのは彼一人じゃなかった。
一人、二人と能力の気配を立ち上らせていく様子に、忍は胸を躍らせる。けれどリョージが「忍さん」と口を挟んだ。
「キーダーと殺し合いだなんて本気ですか? 国に刃向かうって事ですよね……」
丸いサングラスの端を強く握り、怯えるように声を震わせる。
リョージに初めて会ったのは一月と少し前の事だ。
初めて薬を渡した日の夜、あの町で強盗事件が起きた。数日前に2錠目を渡した夜には、グループ同士の抗争──血気盛んな不良グループを選んで彼を頼った事は間違いじゃなかった筈だ。
それなのにキーダーという名前を出した途端、彼は異を唱えようとする。
「お前がそんなんでどうするんだよ」
元々、この関係を長引かせるつもりはなかった。
忍はリョージの胸元を人差し指でトンと叩く。数秒だけ強まった気配を感じ取って、ギャラリーの視線がハッと集中した。能力を手にした彼等にとって、初めての感覚だ。
「もう少し使える奴だと思ったんだけどな」
リョージに抵抗する間は与えなかった。
一瞬で息絶えた身体が、静かに地面へ崩れたのだ。
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