三月になって急に春めいた気温上昇に戸惑いながらも、京子は厚手のコートを羽織って家を出た。
今日は一度アルガスに行って仕事の申し送りをした後、昼前に早退する予定になっている。
中学の担任がこの春に定年退職するという事で、お祝いを兼ねての同窓会に出席するためだ。
この間彰人に会った時、彼の出欠を確かめれば良かったと今も少し後悔している。けれどあの時はチョコの事で頭がいっぱいで、そんな話はすっかり頭から抜けていた。
桃也同様に監察員の彼は多忙で、極秘任務に当たっている事も多い。
「連絡しない方が良いよね」
ふと気になってスマホを取り出すが、当日に確認する事でもないような気がして、メールしかけた指を放した。
アルガスに来て共有フォルダを開くと、彼は今日北海道支部での会議に出席することになっている。そんな遠くから福島に来るのは現実的でない気がした。
折角の同窓会に会えないのは残念だが、キーダーだという事実を公表していない彼に同級生の前でどう振る舞えばいいか見当がつかない。
「今日と明日、緊急対応できなくてごめんね。すぐ駆け付けられないけど、何かあったら連絡して」
デスクルームには綾斗と美弦がいる。今日は金曜だが綾斗はもう春休みに入っていて、美弦はこの間高校を卒業したばかりだった。修司は色々な手続きとやらで、颯太と区役所に行っている。
「こっちの事は気にせず、のんびりして来て下さい」
「うん、忙しいのにごめんね。お土産買ってくるから。美弦もよろしくね」
「バッチリ任せて下さい!」
私服のまま仕事を済ませ、京子は「ありがとう」とコートを羽織る。
休暇届は前々から出していたが、この週末に限って細々とした仕事が重なっていた。二人は全く気にしていない様子だが、プライベートの休暇を申し訳なく思ってしまう。
「駅まで送りますか?」
「ううん、そこまで面倒掛けられないよ。天気良いし、のんびり行くから」
外までの見送りを遠慮して、京子は部屋を後にした。
人気のない大階段を下りた所で、「そういえば」とふと足を止める。
同窓会に行く事は伝えてあったが、綾斗に何も言われなかった。
彰人のことを話したわけではないけれど、彼はもしものことを気にするだろうか。
「考え過ぎ──か」
ぽそりと呟いて、外へ出る。
その頃、美弦が綾斗に京子との関係を問い詰められている事など露知らず──朝よりも晴れた青空を見上げて、京子は福島へと旅立った。
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