普段より少し遅めの朝食をとり、玄関でもう一度荷物を開く。
昨日遅くまでバタバタと支度したが、制服と私服に外套まで加わって、やたら重くなってしまった。
「冬の出張は荷物が多過ぎるよ。いきなりすぎて送ることもできなかったし」
「しょうがねぇよ。ずっと制服でいるわけにもいかないんだろうし、割り切るしかないだろ? それより切符とスマホと充電器、あと財布もちゃんと入ってるか? 仕事の資料もだぞ?」
桃也は修学旅行に送り出す母親よろしく、入念にチェックする。以前切符を忘れて大騒ぎしたことがあり、彼の心配の種となっていた。
「うん。切符は入ってるし、他もちゃんと見たよ」
ファスナーを閉めたキャリーバッグを立ち上げ、京子は玄関脇の立ち鏡で私服のコートを整えた。
「無事に帰って来いよ」
「もちろんだよ。桃也も風邪ひいたりしないようにね。一週間で絶対に帰ってくるから」
そう意気込むと、京子は桃也の顔を引き寄せるように彼の首へ手を回した。名残惜しくぎゅっと力を込めると、桃也が「待ってるからな」と頭を撫で、軽く唇にキスをする。
「ちょっと寂しいね」
「一週間なんてすぐだろ」
「何もない一週間は早いんだけどな。全部片付けるまで終わらないと思うと、帰れる日が凄く遠い気がする」
昨日マサに追加でもらった資料が、キャリーバッグの底で重い音を立てた。
簡単に終わるような出張でないことは、重々承知だ。
「けど、早く終わればその分早く帰ってこれるから。全力で仕事してくるね」
「あぁ。とりあえず飲み過ぎには気をつけろよ? 後輩と行くんなら、潰れて迷惑かけるなんて事ないようにな? 高校生なんだろ?」
「そんな心配いらないよ。当り前でしょ?」
早速今晩陽菜と飲みの予定がある。桃也の前で潰れた記憶はないのに、彼は何故醜態を知っているかのように話をするのだろうか。
ただの注意喚起だと思いたい。
京子は「気を付けるね」と返事して、焦った気持ちを誤魔化すようにもう一度桃也にしがみいた。
彼の匂いと腕の感触にホッと息をついて、京子はふと先日公園で抱きしめられた時の事を思い出す。
「そういえば桃也、私に何か話があるって言ってたよね」
話の途中で爆発騒ぎに巻き込まれ、すっかり忘れていた。
京子にとってその内容があまり嬉しいものでないことは何となく予想している。聞かないまま出張に行ってしまえば良いのかもしれないが、一度気になると落ち着かない。
「あぁ、大したことじゃねぇよ。帰って来たら話す」
「大したことじゃないなら、今話してよ。ずっと考えちゃうよ」
桃也は言い難そうに唇を噛んで、「ごめんな」と京子の頭に手を乗せた。
「悪い、嘘ついた。大したことだから、帰ってからちゃんと話させて」
「……うん、分かった。じゃ、帰って来たら教えてね」
気になる気持ちを抑えて、「いってきます」と家を出る。
不安そうな灰色の空に、京子は大きく深呼吸した。
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