スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

337 敵を知る味方

公開日時: 2025年1月22日(水) 08:39
文字数:1,023

「松本さん……」


 泣きボクロのある目がそっと美弦みつるを捕らえた。


 相手からにじみ出る能力の気配が、一方的に答えを突き付けて来る。

 綾斗あやとが訓練で漂わせていた気配も相当だったが、それが敵のものだと理解した途端、全身が委縮いしゅくしてしまう。

 平野ひらのを呼んでいる余裕はない。


 ──『わしが戻るまで持たせてくれるな?』


 そんな大舎卿だいしゃきょうの言葉を、美弦は頭に繰り返した。

 もし敵の攻撃が本部に及べば迎え撃つ気は満々だった筈なのに、武器を構える事もできずにただ足を震わせている。


「ちょっとアンタ、こんなとこで何突っ立ってんだよ」


 逆の方向から掛けられた声は、駐輪場から来たバイクの男だ。

 あまり話したことはないが、アルガスで何度か顔を合わせた事のある施設員だった。やせ形で背が高いのが印象的で、名前も記憶している。


「田中さん……ですよね?」


 男は美弦の顔を見るなりの悪い顔をして「すみません」と頭を下げた。美弦がキーダーだからだ。

 彼は松本や倒れた護兵ごへいには気付いていないらしい。

 警戒心のないその振る舞いに美弦は幾分か正気を取り戻し、歩み寄る影を待ち構える。


「誰だ?」


 美弦の視線を追って、田中が先に問いかけた。けれど、その顔がみるみると恐怖に満ちていく。

 腹部を黒く染めた血塗れの相手に、田中は声を震わせた。


「松本秀信ひでしな……」

「知ってるの?」


 田中はキーダーじゃない。解放以前からアルガスに居る年齢でもない。

 一介の施設員がその顔を認識している事情を、美弦は知らなかった。

 そんな二人のやり取りに、松本が田中を見て「あぁ」とうなずく。


「また会ったな。そっちの彼女はキーダーか?」

「そうよ」


 美弦は前に出て、横目で田中をいぶかしげに睨んだ。アルガスの人間とホルスの人間は紙一重だ。仲間だと思っていた人間がそうとは限らない。


「貴方まさかホルスの人間だとか言うんじゃないでしょうね?」

「言いませんよ。俺は、この人に殺されかけた事があるんですよ」

「人聞きの悪い言い方だな。別に怪我させたわけじゃないだろう?」


 松本は足取りはしっかりしているが、どこかうつろな目で二人を交互に見つめる。

 田中に関して詳細は分からないが、今は彼が大舎卿だいしゃきょうを連れて来た事実を前向きに捉えるしかない。

 美弦は手の汗を握り締める。「修司しゅうじ」と呟いた声は、胸の奥に染みていった。


「貴方はホルスの松本秀信さんで間違いありませんね?」

「あぁ、そうだ」

「なら私はこれ以上あなたを進ませる事は出来ないわ」


 キーダーとしての仕事をする──美弦は松本に向かって大きく両手を開いた。







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