「松本さん……」
泣きボクロのある目がそっと美弦を捕らえた。
相手から滲み出る能力の気配が、一方的に答えを突き付けて来る。
綾斗が訓練で漂わせていた気配も相当だったが、それが敵のものだと理解した途端、全身が委縮してしまう。
平野を呼んでいる余裕はない。
──『わしが戻るまで持たせてくれるな?』
そんな大舎卿の言葉を、美弦は頭に繰り返した。
もし敵の攻撃が本部に及べば迎え撃つ気は満々だった筈なのに、武器を構える事もできずにただ足を震わせている。
「ちょっとアンタ、こんなとこで何突っ立ってんだよ」
逆の方向から掛けられた声は、駐輪場から来たバイクの男だ。
あまり話したことはないが、アルガスで何度か顔を合わせた事のある施設員だった。やせ形で背が高いのが印象的で、名前も記憶している。
「田中さん……ですよね?」
男は美弦の顔を見るなりばつの悪い顔をして「すみません」と頭を下げた。美弦がキーダーだからだ。
彼は松本や倒れた護兵には気付いていないらしい。
警戒心のないその振る舞いに美弦は幾分か正気を取り戻し、歩み寄る影を待ち構える。
「誰だ?」
美弦の視線を追って、田中が先に問いかけた。けれど、その顔がみるみると恐怖に満ちていく。
腹部を黒く染めた血塗れの相手に、田中は声を震わせた。
「松本秀信……」
「知ってるの?」
田中はキーダーじゃない。解放以前からアルガスに居る年齢でもない。
一介の施設員がその顔を認識している事情を、美弦は知らなかった。
そんな二人のやり取りに、松本が田中を見て「あぁ」と頷く。
「また会ったな。そっちの彼女はキーダーか?」
「そうよ」
美弦は前に出て、横目で田中を訝しげに睨んだ。アルガスの人間とホルスの人間は紙一重だ。仲間だと思っていた人間がそうとは限らない。
「貴方まさかホルスの人間だとか言うんじゃないでしょうね?」
「言いませんよ。俺は、この人に殺されかけた事があるんですよ」
「人聞きの悪い言い方だな。別に怪我させたわけじゃないだろう?」
松本は足取りはしっかりしているが、どこか虚ろな目で二人を交互に見つめる。
田中に関して詳細は分からないが、今は彼が大舎卿を連れて来た事実を前向きに捉えるしかない。
美弦は手の汗を握り締める。「修司」と呟いた声は、胸の奥に染みていった。
「貴方はホルスの松本秀信さんで間違いありませんね?」
「あぁ、そうだ」
「なら私はこれ以上あなたを進ませる事は出来ないわ」
キーダーとしての仕事をする──美弦は松本に向かって大きく両手を開いた。
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