「美弦がいたからだよ」
元バスクの修司に、どうしてキーダーになったのかを聞いた。
彼が口にした答えを、龍之介は率直に羨ましいと思ってしまう。
自分も同じ事を言って、さすまたではなく趙馬刀を手に朱羽の横に並びたい。
「そんな嫉妬心丸出しの顔されると、こっちが恥ずかしいんだけど?」
「だって、俺にはどう頑張ったってできない事ですし」
「卑屈になってどうすんだよ。お前がノーマルだなんて分かり切った事じゃねぇか。それでも朱羽さんと居たいからここまで来たんだろ? ブレんなよ」
風に紛れて、何か戦闘音のようなものが聞こえた。
ダンと鳴った最初の音に龍之介は身体をビクリと震わせるが、ここからは大分遠くに感じる。
ただそれが海側ではなく陸からの気がして、背後を振り返った。
「修司さん、今の音ってアルガスの方からじゃ……」
「大丈夫だ」
言い切った修司が唇を震わせて、腰の横に趙馬刀を握り締める。彼は海側にも幾度となく顔を向けて、困惑した表情を浮かべた。そちらでもまた何かが始まったらしい。
「綾斗さんを信じるしかねぇだろ? 俺たちはここを守るんだ。いいか、俺はキーダーだから、ノーマルのお前に良いとこ取りされるなんてアニメみたいな展開は嫌なんだよ。けど、お前は朱羽さんが好きなんだよな?」
「えっ……?」
急な質問に龍之介は戸惑うが、強気な修司に「な?」と返事を求められ、渋々「はい」と答えた。
「好きです」
「だったらお前もやれることを探そうぜ。今回は特別に協力してやる」
「そんなことできるんですか? 俺でもちゃんと戦えるんですか?」
「戦えるわけないだろ。けど、ちょっとくらい花持たせてやるから」
街灯に照らされた修司の顔が、紅潮しているように見えた。
「美弦がお前を守ったんだろ? 俺の不注意で怪我なんてさせられねぇんだよ。もうアイツに心配させんな」
「すみません」
「いいから。俺に嫉妬させんなって言ってんだよ」
修司の率直な気持ちに、龍之介は頭を下げる。
「俺は他のキーダーみたいに戦える訳じゃねぇけど、何かあったら全力でやる。だからお前も全力で戦う気でいろよ。そうしなきゃ、人間なんて呆気なく死んじまうんだからな?」
「はい」
胸に引き寄せたさすまたを龍之介がきゅっと握り締めると、修司がふと緊張を走らせて唇の前に人差し指を立てた。
「何か変な臭いしねぇ? これって……」
言われてすぐに龍之介も気付いた。潮の匂いに混じる、冬を連想させる臭いだ。
それが何を示すのか、悪い予感しか浮かばない。
「まさか」とチラついた予感を否定しようとするのは、自分がノーマルである立場から抜け出せていない証拠だ。そんな平和ボケした頭を殴り付けるように、足元からドンと浅い衝撃が突き上がった。
「うわぁっ」
驚愕と恐怖の混じった声を上げるのと同時に、現実を叩き付けられる。
海側への風景に緞帳を下ろすように、立ち上った炎が闇を遮った。視界が一瞬で緋色に染まり、建物の影を黒く滲ませたのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!