あれは去年の年末の事だ。
アルガス本部の近所にある眞田神社で、宮司の設楽に勧められるままお守りを買った。桃也がサードに指名されたと知って、応援したいと思ったからだ。
その後恋人同士という関係は解消してしまったが、九州へ発つ彼を追い掛けて空港へ向かった。
──『行きましょう』
あれからまだ1年も経っていないのに、随分昔の事のような気がしてしまう。
「まだ持ってたんだ」
京子は拾い上げたお守りの土汚れをパンと落として、ポケットにねじ込んだ。懐かしさに浸っている暇はない。
どうしてこれがここに落ちているのか、その理由が単純か否かを考えると心臓がゾクリと震える。
「桃也……無事だよね?」
綾斗がテントに運ばれ、あちこちでは再び戦闘が起きている。
誰が何処に居るのかは分からないが、少し探してみようか──京子はそんな事を考えながら踵を返し、今度は西へ向けて歩き出した。
☆
桃也が京子から貰ったお守りを落としたのは故意じゃない。
綾斗と松本がバーサーカー同士の戦いを始めた事に気付いて自分も駆け付けようとした所で、巨大な光の玉が真横から飛んできたのだ。
体勢を低く落として衝突を回避した弾みで、上着にしまっていたそれが知らぬ間に飛び出してしまった。
「誰だ」
張り上げた声に姿を現したのは忍だ。何となくそうじゃないかと予想はできた。
松本は綾斗と戦っていて、律は既に戦場を離脱している。それ以外でこのレベルの攻撃と考えれば、おのずと答えは出て来る。
「リーダーの君がそんな丸腰であそこへ行く気? 殺られるよ?」
「やられねぇよ」
その答えの自信は五割。平気だと思いつつ、頭のどこかで危険だという事は理解している。
忍は足元に転がった死体を足で踏みつけた。ホルス側の若い男だ。まだ息があるのか、「ぶは」と空気の吹き出す音が小さく響く。
「やめろよ」と桃也は睨みつけるが、忍は「は?」とすっとぼけた声を出して挑発的な目を光らせた。
「だったら俺と戦ってみる?」
「俺たちがやるのはまだ早いんじゃなかったのか?」
「早計だと思うよ。けど、流石に何もしないと暇でさ」
忍はチラと時間を確認して、「ね?」と他人事のように笑う。
「だから、ちょっと手合わせしてよ。勿論、俺の事殺しても構わないから」
「バカにしてんのか」
「してないよ。どう?」
悪気のかけらもない忍に、桃也は静かに唇を噛んだ。
『35点』という彰人の言葉が頭にチラつくが、身体が冷え固まっているのは事実だ。
ここで死ぬわけにはいかないが、戦ってみたいと血が騒ぐのはキーダーの習性だろう。
「いいぜ」
「ノリが良いのは嫌いじゃないよ。じゃあ、俺たちはあの中で戦おうか。制限時間は10分だ」
忍はスマホのタイマーを親指で操作し、廃墟を見据える。綾斗たちの戦闘で、建物の右半分は崩落している状態だ。
「後半分を消しても良いし、戦い方は自由だ。好きに使ってくれて構わないよ」
忍との戦いは空間隔離の中になるだろうと予測していた。まだ触れた事のない異次元への興味に肩透かしを食らった気分だが、体力を削ってまでホイホイと出すものでもないだろう。
境界線で区切られたフィールドの中で、今戦闘に加わっているキーダーの数は少ない。
少々焦りを感じながら、桃也は「了解」と歩き出した忍を追い掛けた。
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