京子にバレンタインのチョコを貰った。
今回、彼女は食堂長の平次に習って、美弦と二人でチョコを作ったというのは周知の事実だ。そして、アルガスの男子全員分という気の遠くなりそうな数を量産したとも聞いている。
だからもちろん、京子からのチョコは手作りだと思っていた。
なのに何故、自分は別のチョコを貰ってしまったのだろう。
「うーん」
翌日になっても疑問は晴れず、誰に相談することもできない。
日直だからと急いで朝食を終えた美弦を食堂の席で見送って、修司は1人ぼんやりとお茶をすすりながら、その疑問と向き合った。
昨日の朝に美弦から貰ったチョコは、箱に詰まったトリュフだ。
──『義理の分は3つずつ袋に入れたの。味もみんな一緒だけど、修司のは特別なんだから』
数とトッピングが他とは違うのだと主張していたが、そんな事言わなくても嬉しかったし美味しかった。そして、
──『京子さんのは全部義理なのよ? 折角なんだから本命チョコ作ればいいのに、全然聞いてくれなくて』
と、不満も零していた。その時はあまり気にもしなかったが、夕方修司が京子から貰ったチョコは、美弦の言うそれとは全く別の代物だったのだ。
「っていうか、買ったやつだよな?」
綺麗に包装された箱にはリボンが付いていて、良く見る高級チョコメーカーのロゴが印刷されていた。コンビニで同じものを見たことがあるような気もするし、どう考えても既製品だ。
小さな義理チョコを想像していたせいで、渡された瞬間は「えっ」と驚いてしまった。
学校で貰った分は帰る途中に全て胃にかきこんできたというのに、これでは本末転倒になってしまう。
──『いつもありがとね』
そんな彼女の言葉を、そのままの意味で受け取っても良いのだろうか。
メッセージカードでも入っていればその趣旨も理解できるだろうが、チョコ以外に何もなかった。
確かに桃也と別れた京子は、今フリーだけれど。
「もしや京子さん、俺の事……」
「京子さんがどうした?」
「ぎゃあああ」
不意打ちの様に後ろから綾斗に声を掛けられる。今話すのは気まずい相手だ。
今朝ジョギングに行っていた彼とは今日初めて顔を合わせる。
「ここ座って良い?」
「あ、はい。すみません」
朝食のトレイを手にした綾斗は、さっきまで美弦が座っていた向かいの席に腰を下ろした。
ここをどう切り抜ければ良いかと考えて、ふと修司の頭に一つの考察が浮かぶ。
京子から貰ったチョコは『キーダー』という括りで渡された特別なものではないだろうか。仲間にはちょっと良いチョコをと考えれば納得できる。
「あの、綾斗さん。京子さんからバレンタインのチョコ貰いました?」
だから確信を持ってその話題に触れた。綾斗が京子を好きな事は知っているから、あくまで『さり気なく』というのがポイントだ。
しかし現実は何一つと修司の予想を肯定してはくれなかった。
「あ、うん」
綾斗の一瞬の戸惑いに、どんな感情が隠れているのだろうと思ったのも束の間、
「手作りチョコだろ? 京子さんがそんな事するなんて天変地異みたいなものだと思ってたけど、結構おいしかったよね」
「ええっ」
「どうした?」
「いえ。あ、俺そろそろ学校行かないと! 失礼します!」
冷や汗が流れてきて、修司は猛ダッシュで食堂を後にした。
自分だけ手作りではなく高級チョコを貰ったなんて、綾斗に言えるわけない。
「やっぱり、俺だけ違うのか──?」
修司の分のチョコが綾斗の所へ行ってしまった事も、チョコがコンビニで買われたものだという事も、高級チョコしか残っていない棚の前で京子が5分も悩んでしまった事も──修司が知るのはホワイトデー直前になってからの事だった。
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