京子は制服のポケットにあった五つのビー玉を床に転がした。よくある斑模様で、色はバラバラだ。
首を傾げる綾斗に、京子は「これはね」と説明しながら自分の左手首の銀環に右手を添える。その動作が何だという事ではないが、京子にとっては精神統一のおまじないのようなものだ。
「念動力の練習だよ。昔、別支部のキーダーに教えてもらったんだけど」
五つのビー玉がふわりと宙に浮かぶ。ゆっくりと同じ高さを保ちながら上昇したそれらは、目線の位置でピタリと動きを止めた後、一つずつ順番に訓練室の中央へと放たれた。
「速い」
銃弾のように宙を走るガラス玉はやがて弧を描いて落下し、タンと高い音を響かせる。
床を跳ねたビー玉は再び高く跳び上がり、上向きに広げた京子の掌に吸い付くように戻って来た。
京子は五個全部を受けとめて、「こんな感じ」とアピールする。
「凄いですね。五個バラバラですか」
キーダーは衝撃波を備えた光を手から生み出すことができる。その応用で趙馬刀に刃を生成して戦うのが基本的な戦闘スタイルだ。
他に能力者同士の気配を感じ取ることと、物を動かす念動力を使うことができる。
個々で強さに差はあるが、潜在能力と鍛錬次第で大舎卿のように隕石を動かすことも可能らしい。
「綾斗もやってみる?」
綾斗は「はい」と返事して、受け取ったビー玉を京子と同じように床へ転がした。
五個の玉に視線を滑らせて力を発動させるとビー玉は五つ同時に浮上するが、中の一つがポンと跳び上がると、他の四つが力を失くして垂直に床へ落ちてしまった。
遠くに飛んだ一つがコンと音を弾ませ、綾斗は「あぁ」と眉をしかめる。
京子は床に落ちた四つのうち三つを彼の頭上に跳ね上げた。
「止められる?」
京子の言葉に綾斗はすかさず力を加える。
重力に持っていかれそうになる三色の玉が空中に静止した。
「玉を目で追っちゃ駄目。一個の時もそう、動かす駒より戦ってる相手を見るほうが大事だよ。目で玉を見るのは最初の一瞬だけ。玉の位置を捉えたら、もう視線は相手に向けなきゃ」
「じゃあ」と京子は中央に走り、くるりと綾斗に向かって踵を返した。
「ビー玉じゃなくて、私を敵だと思って狙ってみて」
綾斗は戸惑うが、ゆっくりと視線を京子に合わせ緊張を走らせる。
「いいんですか? 遠慮なくいきますよ」
「どうぞ。そのくらい平気だから」
綾斗は言われるままに力を込めるが、一つは力の拘束を逃れ空しく床に落ちた。あとの二つが、バラバラの軌道を描いて京子を狙う。
視線は合ったままだ。
涼しい瞳。真剣な彼の瞳は少し恐い――もちろん京子は玉を避けるつもりでいたが、ふと彼に見入った次の瞬間、一つが床へ落ち、もう一つが最短距離で京子の腹に衝突した。
「うぐぅ……油断した」
想像を超える強い痛みに京子は低く呻いて蹲る。
「きょ、京子さん?」
思わぬ事態に驚いて、綾斗が慌てて京子に駆け寄った。
京子は「平気」と強がる。
「すみません。俺、そんなつもりじゃ」
「私がやれって言ったんだから、謝らないで。うまくできたし、少しずつ増やしていけば五個も出来るようになるよ」
京子は無理矢理笑顔を作り、患部を撫でながら床に腰を下ろした。
「でも数が増えると力が分散するから、大きいものを動かす時は注意してね」
「はい、ありがとうございます」
心配そうに頭を下げる綾斗を、京子は「そんな顔しないで」と宥めた。
ビー玉移動の訓練は京子も最初は苦手だった。たとえ一発でも、初回で当てられた綾斗は大分器用だと思う。
「綾斗はすごいんだね。頑張って」
「どうしたんですか、いきなり」
メガネの下の汗を手で拭い、綾斗は普段見せない裸眼の目を細めた。
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