「酔っぱらって話できるの?」
「一本だけだから」
困り顔を傾けながら、綾斗が「分かった」とレモンサワーの缶を受け取った。
暗い屋上に吹く風は、昼間よりもいっそう秋の色を感じさせる。
彼と恋人同士になる前は、良くここで話をしていた。お酒を片手に仕事の事や恋愛の話までして、何気ないその繰り返しが今に至ったんだと思う。
「乾杯」
綾斗が先に缶を向けて、京子は栓を抜いたレモンサワーをコツリとぶつけた。
このままグイと飲み干したい気分を抑えて、一口だけにしておく。
「美味しい」
「これで話してくれる?」
「うん」と頷く京子を、綾斗が苦い顔で覗き込んだ。
「さっきの話聞いた時は驚いた。ミーティング中ずっと考えてたよ」
「綾斗が上の空なんて珍しい。注意されなかった?」
「上の空じゃないし、仕事はちゃんとしてるから。それに、これだって大事な仕事の話だよ?」
「心配してる──よね?」
「当たり前。東京駅に行くって、あの男に会いに行くって事でしょ? 俺が「はいどうぞ」って了解すると思う?」
「思ってる。仕事でしょ? ホルスが何をしようとしてるか分からない今、彼と話しがしたいと思ったの。綾斗はキーダーにとってやるべき事を選ぶはずだよ」
半ば押し付けるように言い切って、返事を待つ。
ずっと触れたままの綾斗の肩にもたれて、京子は「大丈夫だよ」と呟いた。
けれど彼は「大丈夫じゃないよ」と、途端に不機嫌な顔をする。
「軽く言わないで。人ごみで騒ぎにならなくても、彼は空間隔離の使い手だ。そこに引き込まれたら、戦闘も覚悟しなきゃならない」
「それは──分かってる」
「それに京子さんは女性だって事を自覚して。ナンパされたんでしょ? 向こうは満更じゃないように見えたけど?」
「そこは大丈夫だよ。今は敵なんだよ?」
最初の出会いがナンパだという事は揺ぎ無い事実だが、その時点で向こうはこちらがキーダーだという事を理解していた。だからこその興味だったとしか思えない。
「大丈夫だって」を繰り返す京子に、綾斗はムッとした表情を崩さない。
「油断しすぎ」
「気をつけるよ。けど、何かしないと落ち着かないんだもん。キーダーとしてやれることはやりたいの」
「向こうの人数も読めないし、俺が側で見張ってるわけにもいかないだろうし」
「綾斗は顔もバレてるから、気付かれたらどうなるか分からないからね」
九州の件があってから、銀環のGPSはオフになったままだ。
幾ら気配を消していても、力を使えば正体を隠すことはできない。向こうが何か仕掛けてくれば、こちらもそれなりに抵抗する事になるだろう。彰人がキーダーだとバレた前例もある。
ただ、あれだけ人の多い東京駅で大事になるのは避けたいが、警戒されて相手が出て来ないというのも本末転倒だ。
「俺もそろそろ何かしなきゃとは思ってた」
「綾斗」
彼の手に力がこもって、ペコンと空き缶の凹む音が鳴る。
「キーダーだからね。やらなきゃいけないのかも」
『キーダーだから』それだけで行く理由には十分だ。
「ただ、慎重に行こう? ちょっと相談したい人が居るから、決行は明後日まで待って貰える?」
「相談?」
「俺たちだけで動いて良い事じゃないよ。ちょっと時間くれる?」
「分かった。けど、誰だろう」
急に言われても、パッと相手は浮かばない。
「誰だと思う?」
綾斗は試すようにニコリと笑って、レモンサワーを喉に流した。
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