仙台での宿はビジネスホテルのシングルルームだ。
平野の店を後にしてそれぞれの部屋に別れたが、京子がコンビニの大袋をぶら提げてシャワー中の綾斗の部屋に押しかけた。
綾斗は慌てて羽織ったホテルの部屋着姿で濡れた髪を拭きながら、渡された牛乳パックを手にベッドへ座る。京子は家から持ってきた薄緑色のシャツとショートパンツ姿で早速レモン味の缶チューハイを開けた。
「ねぇ綾斗はどうしてキーダーになることを選んだの?」
「俺ですか?」と言い掛けた綾斗が、テーブルに置かれたコンビニ袋を見てギョッと息を詰まらせる。中に何本ものアルコールを見つけたからだ。
「京子さん、そのお酒って……」
「あぁ、別に全部飲むわけじゃないよ」
ぶんぶんと横に手を振る京子。
言いたいことは色々あるけれど、ご機嫌な彼女に根負けして、綾斗は「飲み過ぎないで下さいよ」とだけ注意すると、壁に背をもたれ掛けた。
「俺は小さい頃からずっと「大きくなったら大舎卿と同じ仕事ができる」って言われて育ったんです。だから、断ろうなんて考えたこともないですよ」
「そうだよね。私もキーダーになるのが当たり前だと思ってた。実家を出る時はちょっと寂しかったけどね」
あっという間に空になった缶をテーブルに置き、京子は「よいしょ」と手を伸ばして二本目を掴んだ。安定の五百ミリリットル缶チューハイで、今度はすだち味だ。
「京子さんって、どうしてそんなにお酒飲むんですか?」
「はぁ?」
唐突な質問に顔をしかめる京子。
「俺は飲んだ事ありませんけど、そんなに美味しいのかなと思って」
「美味しいよ。ビールとウイスキーは苦くて飲めないけど、お酒飲むとやっぱり楽しいし。綾斗も二十歳になったらわかるんじゃないかな」
「そうなんですか? けど、桃也さんの前ではそんなに飲まないって言ってましたよね?」
「痛いとこ突いてくるね。いいの、好きな人の前でくらいカッコつけさせてよ」
「楽しさの共有はしないんですか? もっと素を見せた方が相手は喜ぶと思いますよ」
「そういうもの? 見せたくないような嫌なトコでも?」
困惑気味に聞いてくるホロ酔い加減の京子に、綾斗は苦笑する。
「可愛い女子ぶって演技されるより、よっぽど自然でいいですよ」
「なにそれ。嫌な過去でもあった?」
「俺の事は良いんです」
色々と積み重ねた過去に溜息をついて、綾斗は話を京子へ戻した。
「まぁ、今更隠し通せるとは思ってないけど……難しいね。そうだ綾斗、これ食べて。コンビニのだけど。いつもお世話になってるから」
「いいんですか? ありがとうございます」
アルコールの横に入っていたプラスチックケースのモンブランを渡され、綾斗はぱっと目を輝かせた。
「気にしなくていいよ。それでさっきの話だけど、私が平野さんだったらやっぱり捨てられないと思うんだ。力はやっぱり自信に繋がるもん」
京子はソファの上に両足を引き寄せ、膝に片頬を貼りつける。右の足首には公園で負傷した怪我の湿布が貼り直されていた。
「京子さんはキーダーを選んで後悔はしていませんか?」
「してないよ。望んでも得られない力を神様が与えてくれたんだから、頑張らなきゃ。平野さんもキーダーになればって思うけど、歳がなぁ。出生時に力が見つかって、十五で道を選べるのは幸せなことなんだね。せめて彼もあと十年早ければ良かったんだろうけど。爺でさえそろそろ引退すればって思うのに」
「大舎卿は引退するんですか?」
「言っても全然聞かないけどね。爺、何か心残りがあるみたい」
「心残り?」
最後に残した栗を味わい、綾斗は「ご馳走様でした」と手を合わせる。首に提げたタオルで額に垂れた水を拭い、今度は開いた牛乳パックに直接口をつけた。
「人一倍訓練して、何かを待ってるような気がするんだよね」
「戦いに備えてるってことですか?」
「詳しくは教えてくれないけど、大分昔に何かあったみたい。隕石の衝突を防いで爺は英雄になったけど、その時アルガスにいたキーダーはみんな爺から離れてしまったの。アルガスの開放でトールを選んだ人も多いらしいし、支部の新設でそっちに移ったって言う理由もあるんだけど」
「寂しいですね」
「うん。マサさんの入官まで本部はずっと爺一人だったらしいよ。私たちも何かあった時フォローできるようにしとかなきゃね」
「そういえば少し気になってたんですけど、大舎卿って本名なんですか?」
「まさか。隕石事件の時、新聞社の人が勝手に付けた名前らしいよ。ほら、当時はまだキーダーが陰の存在だったでしょ? 本名出すのを本人が拒んだみたい。それで記者が適当にそう書いたら定着しちゃったんだって。本名は……何だっけ、忘れちゃった」
「誰も呼んでいませんからね」
「うん。けどその新聞をきっかけに、爺はどんどん英雄として奉られて、一時はビールのテレビコマーシャルにも出てたんだよ」
「ビールってイメージではないですけどね」
「二十年以上前だから若かったんだよ。今じゃ流石に、ねぇ。せいぜい焼酎とか日本酒だよね」
「へぇ」と綾斗は目を輝かせる。京子は、そのメーカーからアルガス宛に、毎年夏と冬にビールの詰め合わせが送られてきていると加えた。
再び空いた缶をポンと一本目の隣に並べ、京子が三本目へと虚ろな視線を向けると、綾斗がすかさず手を伸ばして袋の口を握り締めた。
「ここ俺の部屋ですからね? ちゃんと自分の部屋に帰って寝れますか? 自分の足でですよ?」
「自然な私を受け入れてくれるんじゃなかったの?」
「程度の問題です。身体にも悪いですよ」
綾斗は袋を持ち上げ、残りの酒を確認する。缶チューハイ二本と細長い瓶の日本酒が一本に、ノンアルコールのサイダーが二本入っている。
「まだ頭ハッキリしてるし、部屋は隣だから大丈夫だよ」
「昨日も同じような事言ってましたけど?」
ベッドから足を下ろし、綾斗は袋から取り出したサイダーを京子に渡した。
「やっぱり、次はこれにして下さい」
京子はサイダーを両手で受け取りながら、不服そうに唇を尖らせた。
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