どこかへ行くあてがあった訳じゃない。
一人で部屋に籠る時間や、見落としはないかとFAXを何度も確認する事に息苦しさを感じて、深呼吸するように外へ出た。ホルスの動きを掴めれば良いと思ったのは口実だ。
「私も行きます」という美弦を連れて、いつものコースを走る。
「こうしてるだけで気分転換になるね」
「そうですね。中に居ると悪い事ばっかり考えちゃって」
それでもあまり本部から離れないようにと考えて、工場地帯を一周する海までの短いコースを選んだ。
町の住人はシェルターへ入っていて、電灯の明かりも消えている。夕暮れの無人の街は音もなく不気味な空気を漂わせていた。
海沿いの道に出た所で、美弦が「あれ」と立ち止まる。
「どうしたの?」
突然距離が離れて、京子は減速して足を止めた。
海を見つめる美弦が顔を強張らせながら「京子さん」と声を震わせる。指差す先を追って、京子もその異変に気付いた。
今までこの道を何度も走って来たが、その位置に光を見るのは半年ぶりの事だ。
「観覧車が光ってる……何かのイベント?」
「そんな話聞いてはいませんけど。取り壊しに向けて計画が進んでいたんじゃないんですか? それとも居抜きで他の施設になるとか?」
湾岸地区の巨大ショッピングモールが閉鎖されたのは、今年始めの事だ。一度取り壊してレジャー施設になるんだと聞いていたが、色々な事情で取り壊しが延期になり秋になった今も廃墟のまま残っている。
「一度更地になるんだと思ってたけど」
「私もそうだって聞いてました」
煌々と光る巨大な観覧車のシルエットが、夕暮れの風景に映える。ここからは良く分からないが、動いているのだろうか。横に並んだショッピングモールの建物も、かつての営業時と変わらない光をつけている。
何も事情を知らなければ素敵なイルミネーションだと思えるのに、ずっと廃墟だった施設の突然の稼働は不自然というより不気味に思えてしまう。
「ホルスが居るのかな……」
漠然とした予感は当たっているのだろうか。
京子が想定した幾つかの戦場にその場所は入っていなかったが、『もし』に条件を当てはめて行くと都合の良い事ばかりだ。東京の中でも端に位置する廃墟とくれば、攻撃の制限も緩くなる。
「ありえますよね」と美弦は息を呑んだ。
「あの光が挑発だとしたら、私たちは行かなきゃならないね」
「ですね。アルガスに戻りましょう」
二人で「うん」と確信し合って走り出す。
京子は片手で操作したスマホで綾斗へ電話を掛け、今の状況を伝えた。
「綾斗、ホルスの居る場所分かったかもしれない!」
穏やかな夕暮れの街に、京子の鋭い声が響いた。
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