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キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

259 帰っても良いよって言ったんだ

公開日時: 2024年8月19日(月) 09:42
文字数:1,295

 夜というにはまだ早い藍色あいいろの空の下、カツリカツリと足音を立てて現れたしのぶに、目視できない数の視線が集中した。

 彼等はこの日の為にリョージが集めた仲間たちだ。

 30もいれば優秀だと思っていたが、実際は100に近い。


 階段の途中で足を止めると、リョージが待ってましたと言わんばかりに「忍さん」と笑顔を広げた。


「凄いね、リョージ。俺はこの役目に君を選んで正解だったよ」

「でしょう? 俺に掛かれば人集めなんて楽勝っスよ。忍さんの手伝いをするって事は言っときました」

「なら話は早いね」


 ただ、どれも穏やかとは言えない不信感に満ちた顔ばかりなのは事実だ。

 リョージはドンと自分の胸を叩いて、ズリ落ちたサングラスを元の位置へ戻す。フレームの端から見える目はニヤついていた。


 そういえば数ばかり気にして、詳細を伝えていなかった事をすっかり忘れていた。

 つまりここに居る男女は、『力を得られる薬と交換に、忍の手伝いをする』という曖昧あいまいな契約をしに来たという事だ。

 薬については半信半疑な所も多いだろうが、能力の魅力というのは相当らしい。


 刻々と夜がせまって、海の奥が真っ暗になった。

 ショッピングモール時代の照明が辺りを照らしているが、半年以上放置された電球は幾つかが消えたままになっている。


 忍は階段の少し高い位置から全員を見渡し、声を張り上げた。


「君たちは力が欲しいからここに来たんだよね? 一応確認しておくけど、もし気が変わったって言う人が居たら、帰っても良いよ?」

「…………」


 手を上げる人は居なかった。ただ一番後ろに居た二人の少女が、不安気な顔を見合わせた事には気付いた。同じセーラー服を着ている二人は友達なのだろう。

 片方の少女が、京子に似ていると思った。


 二錠目の薬をリョージに渡した日、あの町で抗争こうそうが起きたという。

 元々幾つかに別れていた少年グループの勢力がぶつかり、リョージの見せつけた異能力いのうりょくにひれ伏したらしい。

 ここに集まっている殆どは、その抗争に参加していた人間だ。見るからにガラの悪いメンツも多く、忍は「恐いよ」と肩をすくめる。


 彼等はリョージと同じ力を得て、何かを支配する気でいるのかもしれない。

 他人へ刃を向ける事に抵抗のない人間は、こちらにとって都合が良い。薬と引き換えに人を殺せと言ったら、彼等はどんな顔をするだろうか。

 「考えただけで胸がおどるね」と忍は人だまりの後方を指差した。


「後ろの女子二人。そう、そこのセーラー服着た髪の長い二人だよ」


 忍は最初に目についた二人を呼んだ。急な指名に「は、はい……」と重なった声が震える。まだ詳細を告げていない時点で、不穏な空気を感じ取ることが出来るのは才能だ。


「俺は可愛い女子には弱いんだよ」


 松本を振り返り、微笑んで見せる。


「君たち二人、もう帰って貰って良いかな?」

「え? 薬を貰えないって事ですか?」

「そうだよ。一番弱そうだからさ」


 唐突な戦力外通告に、彼女たちは不安顔からあせりへと顔を一変させた。


「まさかこんなに集まって貰えると思わなかったから、薬が足りないんだ」

「そんな──」


 オーバーサイズのカーディガンの袖口をぎゅっと握り締める二人は、納得がいかない顔を貼り付けたまま足を震わせていた。




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