「なら私は、これ以上あなたを進ませる事は出来ないわ」
海の向こうで何があったのかは分からないが、松本は怪我をしたまま長い髪を振り乱してここまで歩いてきたというのか。
湾岸地区からここまでの距離をわざわざ移動してくる理由など、こちらにとって不利な事しか浮かんでこない。
綾斗たちがバーサーカーの彼をここまで削ったなら、残りを引き継ぐのは自分の仕事だ。
美弦はジリと後ろに引きずった右足を、ダンと強めに前へ出した。
意気込む美弦は小柄で、長身の松本の前では小さな子供のように見える。
田中が困惑気味に「大丈夫ですか?」と声を掛けた。
「勿論よ。貴方は中へ行って報告を頼むわ」
「分かりました。気を付けて」
田中が言われるままに建物へ入って行く。
大舎卿や平野が松本の気配に気付かない訳はない。大舎卿は彼が来るのを見越してここに来たのだろう。
だからこれは試練なのだと考えて、美弦は趙馬刀を腰から抜いた。
けれど松本はやる気なく溜息を零す。
「アンタと戦う気なんてないんだよ」
「バカにしてるの? だったらここへ何しに来たのよ」
銀環がない状態での憔悴は、暴走を引き起こしかねない。相手がバーサーカーなら威力は相当なものになるだろう。
湾岸での戦いで消耗し自爆覚悟でここへ来たとなれば、どれだけ食い止めることが出来るだろうか。
表情をこわばらせる美弦に、松本はふっと笑った。
「……何しに来たんだろうな」
「暴走はさせないわ」
松本は敵だ。戦う意思がないと言った所で、単なる口約束に過ぎない。
だったら先に止めを刺して終わらせるべきだろう。
心を決めて趙馬刀に刃を付け、美弦は素早く松本の懐目掛けて飛び込んだ。
相手が100の体力を残しているのなら望みは薄いが、全身のダメージが松本の判断を鈍らせる。
コンマ数秒の遅れが先にあった胸の傷をかすめた。
「やめろ! 暴走させたくないんだろ?」
「それを盾に使うつもり?」
「そうじゃないって言ってるだろ!」
鬼の形相で松本が背後へと跳ぶ。宙に弾けた黒い血が、美弦の頬にかかった。生温かい感触だ。
ただ、その一発が彼を戦闘モードへ変えてしまう。
勢いのまま二発目を狙った美弦の華奢な身体が、彼の平手で横へ跳んだのだ。
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