覚えたての歌詞を鼻歌交じりに口ずさんで、2階フロアへとエスカレーターを上って行く。
暗闇に響くその歌が彼を呼び寄せたのだろうか。
「ヘタな歌」
ホームウエアがあった売り場にベッドが残されていて、そこに座っていた忍が京子を迎えた。
期待通りの登場に、込み上げた衝動を表に出さないようにと堪える。
「別に、聞かせる為に歌っていた訳じゃないんで」
「まぁいいけど。それより京子は俺の事何だと思ってるの?」
「何、って。忍さんはホルスで、私の敵ですよ」
すぐ目の前に来た彼に、京子は後ろへ大きく一歩下がった。手を伸ばしても物理的に触れることが出来ない距離だ。
忍は特に気にもしていない様子で話を続ける。
「自覚はしてるんだ。駅で会った時も驚いたけど、行動が伴ってないんじゃない? 恋人や仲間から二人になるなって言われてないの?」
「言われてます」
「だったら何で? 油断しすぎじゃない?」
きっぱりと答えて胸が傷んだ。
敵を追って来ただけの事が、それだけの理由では済まないのだろうか。
彼の作り出す空間隔離自体は戦場の一つに過ぎない。危険なのは彼自信だという事は肝に銘じている。
「敵を見つけたから追い掛けて来たんです」
「何だか冷たいね」
「残念だよ」と忍は眉を下げる。
彼の過去に同情するつもりはない。だから『本当に良いんですね』と問いて、その答えが聞ければ良かった。キーダーを敵だというのなら、彼の理想とする未来を阻止しなければならない。
「忍さんは本当に──」
「京子」
けれど、尋ねようとした言葉が彼の声に遮られる。
「何ですか?」
「俺が京子の尾行に気付かないとでも思ってる?」
「──気付いていたんですか?」
可能性は感じていた。
最近になってようやく気配を隠せるようになったと自信を持っていたが、どこかで綻びが出る瞬間はあるだろう。
「勢いだけで戦おうなんて限界があるんだよ。思慮が浅すぎる。もっと慎重にならなくちゃ」
にっこりと微笑んだ忍の笑顔が怖かった。
「京子が俺に気付いたのが分かったんだ。付いて来るかなと思って、気付かないフリしてた」
「…………」
「だから、二人きりになる為にここへ来たんだよ」
それでも何かあったら戦えばいいという考えは甘いのだろうか。
もっと思慮深くなるべきなのか──今まで縁のなかった言葉に戸惑って、京子は忍を睨みつけた。
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