チョコ作りは順調だった。
料理への関心も意欲もない自分が他人に渡せる物を作れるとは思わなかったが、平次のお陰でどうにか形にすることができた。
言われるままにチョコを溶かし、少し冷やした後に一口分ずつの量をバッドに並べていく。100個以上の数を作る作業は、洋菓子店でアルバイトでもしている気分だ。
美弦の分とは分けているが、同じ工程を経ているというのに彼女の方が美味しそうに見えてしまうのは、京子のチョコがサイズ感バラバラのせいだろうか。
「後は丸めてココアを振れば完成だよ」という平次の余裕を鵜呑みにして、とりあえず再び冷やす過程に入る。
京子はホッと安堵して、美弦と汚れた器具を洗った。
「めちゃくちゃ良い感じですね。喜んでくれるといいなぁ」
「平次さんのお墨付きなんだから、味は完璧でしょ? 大丈夫、修司も喜んでくれるよ」
義理で配る分も土台は一緒で、美弦は彼の分はトッピングを別にするのだと張り切っている。普段あまり仲が良さそうに見えない二人だが、今日の美弦はテンションが跳ね上がったままいつものツンデレ感は薄くなっていた。
「京子さんは本命の分作らなくていいんですか?」
「今年はみんな義理なの! それより──」
もはや綾斗よりも、もう一人の彼が来るという事実に気が重い。
「彰人さんですか?」
「分かってて教えてくれたんでしょ? そう──バレンタイン当日に顔合わせるなら、渡した方が良いんだよね?」
むしろこの気まずさを払拭するために、誰にも渡さないという選択をしたくなるが、冷蔵庫に入っているたくさんのチョコを考えるとそういう訳にもいかなかった。
浮かない顔の京子に、美弦が「すみません」と謝る。
「けど、彰人さん優しいからちゃんと受け取ってくれますよ。京子さんって、彰人さんと同級生で初恋の人なんですよね?」
「う、うん」
急に深い話になって、京子は洗った器具を拭きながら辺りをチラと警戒した。
平次は奥の倉庫に入っていて、食堂に人影は見えない。今更美弦に隠す話ではないけれど、他の人には聞かれたくなかった。
「彰人さんって、学生の時はどんな感じだったんですか?」
「今とあんまり変わらないよ。髪型もそうだし、あのまんま」
「なら、凄くモテましたよね?」
「うん、めっちゃモテてた。体育の時とか、私もずっと男子の方見てたもん」
懐かしいと思うその風景は、もう十年程前の記憶になってしまった。
「甘酸っぱぁい」と、美弦が横で目を潤ませる。
「だって好きだったんだもん。けど、今更チョコかぁ」
最初で最後のバレンタインだと思っていた中三の時は、返事を貰う事ができなかった。チョコレートを渡しておきながら『さよなら』のメッセージを入れたのは自分だけれど、今こうして仕事仲間になって、二度目のチョコをどんな顔で渡せば良いのだろうか。
「試されてるのかな」
「無理になんては言いませんけど、京子さんは今フリーなんですから。幼馴染の同僚に、気軽に渡せばいいんですよ。それとも桃也さんと別れて、彰人さんへの気持ちが再燃しちゃいました?」
「再燃なんてしてない!」
ムキになって否定して、京子は「はぁ」と溜息をつく。
「けど義理だもんね。そういえば、私は修司にあげてもいいの?」
「勿論です。こういうのはイベントですから!」
イベントという言葉に、スッと心が軽くなった気がした。
その後仕上がったチョコは想定していた何倍にも美味しく仕上がって、義理として配るのが勿体ない程だった。
バレンタインを試練のように感じつつ、京子は三日後のバレンタイン当日を迎えた。
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