「そういえばシェイラは、もういいって言ってたな」
手榴弾の恐怖を逃れて公園の外へ出た所で、龍之介が一人呟いた。
「お前こそ」と返したガイアのセリフも気になる。二人は時間稼ぎをしていたのか、それとも単にガイアがもっと戦っていたかったのか。
規制線の外で騒ぐ野次馬たちを横目に、龍之介は植え込みの縁に腰掛けた。
ヘルメットを脱いでビショビショの汗を払うと、施設員に渡されたスポーツドリンクを飲みながら、さっきの戦闘を振り返る。
体勢を崩した朱羽を庇って、無謀にもガイアへさすまたを突き付けた。そこまでは自分の頭に描いたシミュレーション通りだ。
正直勝てる見込みなどなかったが、そこから何故か追い風が吹いてガイアへとダメージを与えることができた。
バスクのガイアを相手に自分が何をしたのか、龍之介自身よく分かっていない。さすまたから現れた光は、ガイアが竿に走らせた光に似ていたと思う。
「俺は……バスクだったのか?」
自分が実は能力者だったという妄想を膨らませて、両手を広げる。
ほんのちょっと活躍できたと自己満足してみるが、あの男の登場で良い所を全部持っていかれてしまった。
怪我をした京子は、男の指示で戻ってきた綾斗に抱えられて救急車で運ばれていった。
綾斗も修司も無事だ。あの時戦闘中に響いた爆音は、修司から離れた位置で破裂したらしい。恐らくシェイラが仕掛けたもので、据え付きのタイマーで作動したのだろうと言う事だ。
施設員が慌ただしく行き交う中、朱羽と修司は公園に少し入った場所で他の施設員を相手に険しい顔で話をしている。
「良いとこ持っていかれたなんて、偉そうなこと言える立場じゃないよな」
事情はあるにせよ、あの男がアルガスの一員であることに変わりない。IDを手に入れたとはいえ、入りたてでノーマルの龍之介とは違うのだ。
そんな事を悶々と考えていると、当の本人が龍之介の前に立って声を掛けてきた。
「よぉ。お前が朱羽のところで働いてる高校生なんだってな」
「はい」と龍之介が頭を下げると、男は「さっきはありがとな」と横に座る。
抱えたままの赤い布を見つけて、近くに居た施設員が「預かります」と手を伸ばして持って行った。
「あれは何ですか?」と龍之介が尋ねると、男は持っていた缶コーヒーの蓋を開けて「パラシュートだよ」と答える。
「えっ、もしかして飛び降りてきたんですか?」
龍之介は目を丸めて暗くなる空を指差した。キーダーがヘリからロープやパラシュートで現場へ降り立つとは聞いていたが、あまり現実味を感じてはいなかった。
「本当に? 空から? そういえばさっき、ヘリコプターの音が聞こえました」
戦闘の真っ最中に降って来た音を気にする余裕はなかった。
男はニカッと笑って「マジだぜ」と頷くと、立て掛けられたさすまたを手に取った。
「それにしても、これで立ち向かうとはな。使い方習ってたのか?」
「いえ、これは俺が勝手に朱羽さんの事務所から持ってきたんです。まさか光が出るなんて思ってなくて。幻じゃなかったと思うんですけど、俺もバスクって事なんですか?」
期待を込めて質問すると、男は太眉を上げて龍之介を覗き込んだ。
「はぁ? お前が? そうなのか?」
「いえ、出生検査は陰性だったらしいです。けど、光が出たから……」
「あぁ、それか。いんや、検査で陰性だったんなら陽性にはならねぇよ。このさすまたは特殊でな、技術部のヤツが作ったノーマル用の武器なんだ」
「そうだったんですか……」
「銀環の応用だ。使用者の意識に連動させて人工的に光を発動させるんだとよ。何か張り切って作ってる割に、評判は良くないけどな」
「そう言う事ですか」と苦笑して、龍之介は肩を落とす。
キーダーになれるかもという龍之介の期待は、あっさりと砕け散った。
「けど訓練もしないで使いこなせるとは凄ぇよ。それで朱羽を守ったなんて言ったら、久のヤロウ小躍りして喜ぶんじゃねぇか」
「久?」
「技術部のヤツな。俺の同期だ」
「同期?」
「久はキーダーなんだ」
銀環のない彼が『そう』だと予感している。だからその会話に感じた矛盾を口にすることはできなかった。
さすまたを置いて両腕を組んだ彼の左手薬指には、銀色の指輪が光っている。だから、恋のライバルにはならない筈だ。
「あの、貴方がマサさんですか?」
男はコーヒーを左に持ち替え、驚く様子も見せずに右手を差し出した。
「おぅ、自己紹介してなかったな。佐藤雅敏だ。よろしくな、相葉龍之介くん」
唐突に名前を呼ばれて、龍之介は慌てて頭を下げる。
「朱羽はスイッチ入ると何しでかすか予想つかない時あるから、覚悟しとけよ。まぁ、それがアイツのいい所でもあるんだけどな」
「スイッチ……ですか。覚悟しときます」
桜の夜、一升瓶を構えてガイアを威嚇した朱羽を思い出し、龍之介は背中をゾクリと震わせた。
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