「破霞颯太」
最後の点呼の相手は、アルガスに監禁されたキーダーの中で一番若い男だった。
まだ高校生の彼は、いつになくぼんやりと、どこか遠い目をして「はい」と返事する。
誠が国家公務員の試験に受かってアルガスに勤めてから、もう12年が経つ。
面倒を押し付けられるようにキーダーの管理を任せられ、11人いる彼等の点呼をとるのが毎朝の日課だった。
生まれてすぐに銀環を付けられたキーダーは、15歳以降の人生を全てアルガスで過ごさなければならない。高い塀に囲まれた僅かの空間が彼らの生きる世界の全てで、勝手に外出することも外と連絡を取り合う事さえ許されなかった。
キーダーは恐ろしいもの──その考えが国民に浸透している。だから初めて見た彼等が自分と何ら変わりのない姿だと知った時、誠は驚いたのだ。
けれどそんな彼等の運命は一人の男によって覆される。
「この挨拶も点呼も今日で最後です。外へ出る人は、たまにでも良いので僕を思い出してくれたら嬉しく思います。そして残る人はまた明日から宜しくお願いしますね」
銀環を付けた11人を前に、最後の挨拶をした。
能力を捨て外へ出る選択をしたのは四人だけだ。もっと多いだろうと思っていたけれど、アルガスでの生活は、外の世界への憧れを抱く余裕すら奪ってしまっていたのかもしれない。
「はい」という返事がパラパラと聞こえ、誠は最後の言葉で締める。
「素晴らしい未来を」
その言葉は皮肉にも聞こえただろう。けれど、それが彼等へのはなむけにぴったりの言葉だと感じていた。
秋晴れの午後、閉ざされていたアルガスの門がキーダーの為に開かれる。
この門出に居合わせたことを嬉しく思った。
「何で今外に出て行こうとするのか、俺にはサッパリ分からないね。あんな苦しい思いをしてまで銀環を外すメリットなんてあると思う?」
最後の一人が出て行くのを二階から眺め、松本は淹れたての珈琲をすする。
彼はキーダーの中でも『バーサーカー』と呼ばれる特殊能力を持つ人間だ。他のメンバーより潜在能力が高く、今回の解放では率先して仲間をトールにする任務を行っていた。
銀環を外したことで苦しみだした仲間の姿に、そう思ってしまうのは仕方のない事だ。
「それでも自由になりたかったんだと思うよ。君はキーダーで居る事を嫌だとは思わないの?」
「どうだろう」
「出るか残るか、どっちが正しいのかなんて分からないけどね。残ってくれる人がいると、僕は嬉しいよ」
「役に立つから?」
見透かしたように笑う松本に、誠は負けじと笑い返す。
「まぁ否定はしないけどね」
「いくら隕石から救ったからって、人の心なんてそう簡単に変えられない。現に当の勘爾さんは残ってるじゃないか」
「確かに、そうだね」
彼の言う通りだとは思う。
この頃大舎卿だとか呼ばれるようになったニヒルな英雄は、外へ出る事を選ばなかった。
「別にここが地獄って訳じゃないからね。出る時期は見極めるさ」
「ほぅ。君もいずれ出て行く気なのか?」
「トールとしての価値が現状を超えられるんだと見込めたら、すぐにでも出て行くよ」
アルガスに居るノーマルは、解放前の状況から脱せずにいる奴ばかりだ。だから、今日の日を迎えるにあたって、真っ先に逃げ出したのは前の長官だった。
誰もその後を継ぐ人間は見つからず、普段からキーダーの側に居た誠に白羽の矢が刺さる。
「僕が長官になったら、ここは変わると思うかい?」
「変えようと思えば変えられるんじゃない? なんなら──俺が長官になるとかね」
「キーダーの長官か。そんな未来も、いずれ来るかもしれないな」
漠然だけれど、良い提案だと思った。
「まぁせいぜい頑張ってよ。ここに居る間はキーダーとして働いてあげるからさ」
「頼むよ、松本秀信くん」
そんな彼がアルガスを出るのは、その会話から調度四年後の事だった。
松本秀信──彼は、後にある男と出会う。
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