すっかり辺りが暗くなり、駅前のからくり時計が八時のメロディを流し始めた。
店を出て数百メートル離れた海までの道を歩く。
夕方待ち合わせした駅で会い、桃也の叔父が勧めてくれたというイタリアンの店で夕飯を食べた。
少し飲んだだけのアルコールが回って、京子は弾むような足取りで彼の前を歩く。寒いはずの風も、あまり気にはならなかった。
「まだツリー光ってるよ。ご飯も美味しかったし。ありがとう、桃也」
海に面した公園の木々には、もう正月だと言うのに薄い青のライトが張り巡らされている。
あちこちで佇むカップルの間をすり抜けて、京子は一番奥の柵まで駆けた。
「おい待てよ。そんな靴で走ったら転ぶだろ」
桃也は京子を追い掛け、フラつくその腕を掴む。
「酔っぱらいが一人で行くな」
「はぁぃ」と答えて、京子は桃也の手をぎゅっと握り締めた。
いつもより少し高めの履き慣れないハイヒールに、桃也の顔が少しだけ近くなる。
アルコールのせいだろうか、目が合ってはにかんだ彼に、心臓がいつもの何倍も早く動いた。
「何緊張した顔してんだよ。寒くないか?」
「うん」とぎこちなく笑うと、桃也の胸に引き寄せられる。静かに重ねた唇に目を閉じて、京子はそのまま彼の胸に頬を委ねた。冷えたコートの感触が、少しずつ温かくなる。
抱きしめられる腕の強さを暫く堪能してから彼を見上げると、桃也の視線がふと京子の首元に留まった。
「新しいネックレス? 初めて見たかも」
「朱羽から貰ったの。誕生日プレゼントだって」
その名前を聞いて、桃也は「あぁ」と眉を上げた。二人は前に一度だけ顔を合わせたことがある。
「マサのこと好きなんだっけ?」
桃也がホッとした表情を見せる。嫉妬してくれたのだろうか。
「そうそう。けど恋愛ってうまくいかないよね。朱羽はマサさんが好きだし、マサさんはセナさんが好きだし、セナさんは良く分からないし」
五年前、京子と同期でアルガスに入った朱羽は、マサへの恋愛のもつれから、今アルガスとは別の場所で仕事をしている。
アルガスの上官に人気のある朱羽の我儘がまかり通っている事態に不満はあるが、それでもまだ彼女がキーダーでいてくれる事は素直に嬉しかった。
「セナさんはマサのこと好きだと思うけどな」
「そうなの?」
「まぁ本心は分からねぇけどさ」
あの二人の恋は、どう見てもマサの一方通行に見えるけれど。
『大晦日の白雪』で両親を亡くしてから暫くの間、桃也はマサのアパートで二人暮らしをしていた。その頃の京子には特別興味の湧くような話題ではなかったけれど、後になって聞いた話では、セナが男所帯を見かねて何度か二人の部屋を訪れていたらしい。
けれどセナはマサの想いを知っていたはずだ。それなのにそこで進展がなかったのだから本人が言うように「特別な気持ちじゃなくて義務」以上の想いはないのだろうと京子は納得している。
「それよりさ、京子」
桃也が改まって京子を呼んだ。
「話があるんだ」
見上げた桃也の顔に、躊躇いの色が浮かんでいた。それが京子にとって嬉しい話ではない事が、何となく分かった。
「どうしたの?」と尋ねると、桃也は少しだけ哀しそうな表情を浮かべる。
けれど、「俺……」と切り出した唇が次の音を発しようと動いたその時、桃也がハッと京子から公園の中央へと顔を逸らした。
京子の肩に乗せていた手に力が籠る。
「桃也? え……?」
呟いた声と同時に、熱を感じた。桃也の視線を追って、京子は飛び込んだ衝撃に目を剥く。
「あぶねぇ!」
叫ぶ桃也の手を振り払い、京子は咄嗟に彼の前へ飛び出た。丸く熱い光が二人に目掛けて飛んでくる。
「京子!」
「桃也は下がって!」
精一杯の声を張り上げ、京子は光に身体を構えた。息つく暇なく膨れ上がった熱の塊は、どんと正面からぶつかってくる。
京子が間一髪で放った白い光は、身を守るように正面へ広がった。
「ちょっ!」
それでも衝撃は大きい。白い光ごと後ろへ弾かれた京子が後方の鉄柵に衝突し、地面へずり落ちた。
双方の光は溶け合うように霧散して闇の中へと吸い込まれる。
一呼吸の間を置いて、辺りが壮絶なパニック状態に陥った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!