修司がアルガスへ帰宅するのはこれが初めてだ。
夕食の時間だと告げられた七時には、まだ一時間近くの余裕があった。
ピタリと閉まった門の前を、いつも通り二人の護兵が守っている。
『ただいま』か迷って「戻りました」と挨拶すると、「お疲れ様です」と迎えてくれた護兵の陰にもう一つ影がある事に気付いた。
小さな影の細く結ばれた髪が揺れている。
「美弦……?」
呼び掛けると、憮然とした表情の彼女がそっと姿を現す。
駅でもたくさん見掛けた緑色の制服は、美弦が初対面の時に着ていたものだ。何か言いたげな目がじろりと修司を睨んでいるが、口を強く結んだまま話そうとはしない。
「もしかして、俺の事待っててくれた?」
修司が門を潜ると、無言のまま彼女は横に並んでついてくる。頷いたのかどうかは分からないが、顎を引いてうつむいたままだ。
バレている。
彼女の中で怒りが爆発の時を待って巣篭っているような気がした。
単身で律に会いに行くなど、キーダーとして罰則ものだろうと覚悟すると、
「あの女に会いに行かないでよ」
ようやく聞き取れる程の小さな声に、修司は足を止めた。そのまま歩いていく彼女の腕を掴んで、「おい」と引き留める。
小さい頭が下を向いたまま、修司の言葉を待っている。
律の所へ行ったことは後悔していないし、むしろ彼女から離れる覚悟ができたと思っている。
「あぁ、そのつもりだよ」
「アンタみたいなひ弱な能力者、捕まりに行くようなものだって自覚しなさいよ」
声が震えている。
見上げた彼女の目に涙が見えて修司は狼狽えるが、美弦はポケットから取り出したハンカチでごしごしと目を拭い、改まって強気な視線を突き付けてきた。
「いい? 銀環をしているだけで目障りだと思う奴なんてごまんといるの。私だって小さい頃から陰口をいっぱい叩かれたもの。でも、今の自分は胸を張って誇れる。それは自分の力で、そんな奴等さえも守ってやれる自信があるからよ。ホルスとキーダーは全然違うんだから」
言い切った目がまた泣いている。
「もうホルスのトコになんて行かないで。私は……アンタをずっと待ってたんだから。私の敵になんてなったら、ぶっ殺してやるんだからね!」
そう訴えて、美弦は修司の横を通り過ぎ、建物へと走って行く。
夕闇の庭に取り残された修司は、消えた彼女の背を追って「ありがとな」と呟いた。
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