何もかもを無にした光が、朝の色に溶けていく。
忍が起こした暴走の範囲は『大晦日の白雪』と同じ、中心から80メートルの距離だ。
元々そこにあったショッピングモールの廃墟を全て飲み込んで、地下の天井を丸く抉った。
戦場の端にあった立体駐車場が建物の半分を残して不自然に切り落とされているのは、そこまで力が及んだこと表す暴走の特徴だ。
そして暴走が奪う命は、発動した能力者の意思に反映される。
恐らく誰一人死んでいない。当事者の忍はまだ生きているが、到底戦える状態ではないだろう。疲労過多の状態で起こした暴走は、彼にとって最後の悪足掻きのように見える。
「ありゃ駄目だな」
先を行く仲間の後を追って倒れた忍の元へ歩み寄る途中で、横から聞こえた耳障りな声に彰人は眉を顰めた。
話を聞いてから覚悟はしていたつもりだが、いざ本人を前にすると疲労感がどっと沸く。思わせぶりに寄って来るのも気に食わない。
声の相手はアルガス襲撃を起こした罪で収監中だった筈の父・浩一郎だ。左手首にはめられた銀色の輪に込み上げる感情は、怒りではなく諦めに近いものだ。けれど日の下で見た顔にどこかホッとする気持ちもある。
彰人は久しぶりの対面を快く思えない気持ちを堪えて声を掛けた。
「父さん」
「おぉ、息子よ。久しぶりだな」
数年ぶりに顔を合わせた浩一郎は、監獄生活でやつれた様子などまるでなく、飄々と笑顔を見せてくる。
「まさか銀環をして出て来るとは想像もしていなかったよ」
浩一郎が解放前のアルガスを恨み、能力者の未来を変えたいと言って起こした襲撃事件の理由は、忍の主張とそう変わりはない。
「まぁ色々あるんだよ。お前も同じじゃないか」
「僕だって色々あるんだよ」
目を逸らす彰人に、浩一郎が「一緒だ」と笑う。
「お前はキーダーになりたかったんだよな?」
「…………」
「悪かったな」
「別に謝って貰いたいなんて思ってないよ。それに、父さんに能力者としての力があるのなら頼みたい事があるから」
もし浩一郎の力があれば──今まで何度そう思ったか分からない。
彼女がそれを望むかどうかは分からないけれど、未来をほんの少し明るくすることが出来るような気がした。
「何だよ。好きな女の記憶から、お前の黒歴史を消せとか言うのか? お安い御用だぜ」
「そういうのじゃないよ──たぶんね」
当たらずしも遠からずな詮索に戸惑って、彰人は苦笑する。
──『京子ちゃんがお前の記憶に気付いたかもしれないって? だったらお父さんに任せておきなさい』
それは遠い日の記憶だ。
浩一郎が京子の記憶を消さなければ、未来は変わっていただろうか。
他人の記憶に触れる事が良くないのは分かる。ただ、自分の罪と過去の想いに圧し潰されそうになっている不安を取り除くことが出来るなら、律にその選択をさせてあげたいと思った。
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