さっき酔っぱらってバーでうたた寝してしまったことを、京子は激しく後悔した。
平野の部屋は、広いリビングのある1LDKだ。
シャワーでスッキリ目覚めてしまった頭が、6畳の和室に並べられた三組の布団に狼狽える。いつもなら適当に乾かす髪も、無駄に時間を掛けてしまったせいですっかり深夜を回っていた。
何も考えずにそのまま寝てしまえればいいのに、まだ当分眠れそうにない。先にシャワーを浴びた平野は「俺が真ん中なら問題ねぇだろ」と笑って、既に低い鼾を響かせていた。
ソファで待ち構えた彰人が、平野のパジャマ姿で「どうしよっか?」と少しだけ困ったように眉を顰める。
京子も彼と同様に借りたパジャマ姿で、「どうしようね」と部屋を見渡した。
広い窓の前にはくの字に並んだソファとテーブルがあって、京子の家よりも大きいテレビが壁際に鎮座している。それ以外には大きな家具もなく、平野らしいシンプルな部屋だ。
「北陸行ってた時、良く訓練でやよいさんとザコ寝してたから。平野さんもそのノリなんだと思うよ。京子ちゃんとやよいさんとでは違うのにね」
「やよいさんパワフルだもんね」
男勝りの性格に加えて教官的立ち位置の彼女なら、何の問題もないのかもしれない。
「僕はどっちでも良いけど、ソファに寝ようかな。それとも今からどっかホテル探そうか? 京子ちゃん一人ならどうにかなると思うけど」
「いいよ、こんな時間に。それにソファなら私が寝るよ。今日の清算だって、全部彰人くんがしてくれたのに」
新幹線代どころか、平野の店での勘定まで彰人が払ってくれた。京子が財布を出すタイミングなどないくらいのスマートさには驚いてしまう。
「ホワイトデーだって言ったでしょ?」
「だって、義理だし……」
「それを口実に連れ出したんだから、気にしないで」
トリュフ三個分のお返しには全然見合わないけれど、頑として譲らない彰人に負けて、京子は「ありがとう」と受け入れる。
「私、酔っぱらうと良くソファで寝るんだよ? アルガスでも家に帰らないで自室のソファに泊まっちゃうこともあるし」
「それは京子ちゃんが一人の時でしょ? 醒めてる女子をソファに寝かせて、男子二人が布団になんか寝れないよ」
「じゃあ、彰人くんも布団で寝ようよ。私、鼾うるさいと思うけど……」
「それは気にしないけど。本当にいいの?」
「親友……なんでしょ? 平野さんもいるし」
「そうだね」
彼のその宣言を信じて、同時に布団へ入った。
誰かが居る部屋で眠るなんて久しぶりだ。
鼻が被るくらい毛布を引き上げて壁を向いたまま目を閉じると、背中の向こうで彰人が小さく笑ったのが聞こえる。
「気配が乱れてる。緊張して寝られないなら、やっぱり僕は──」
「大丈夫! き、緊張なんてしてないから」
ただ、凄く気まずい。
気配を押さえて、京子は蹲るように背中を丸めた。
本当は心臓がはち切れそうなくらい緊張しているけれど、無駄に意地を張ってしまう。
「分かった。そういえば今日は実家に泊まる予定だった?」
「そのつもりだったけど」
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「ううん。お父さんも仕事で居なかったし、平野さんのお店に久しぶりに行けて楽しかったよ」
彼もまだ眠れないのだろうか。
ピタリと閉めた襖の隙間から、ぼんやりと向かいのビルの明かりが入り込んでいる。
振り返る平常心は持ち合わせていないけれど、いつも通りのテンポで話す彰人の声は心地良かった。
「僕も母親のとこ行ってきたよ。元気だった」
「彰人くんのお母さんは、優しい感じの人だよね」
「まぁね。あんな父親だけどまだ好きみたいだから。あの人と僕がこんな状況でも、何となく受け入れてる感じ」
「そうなんだ。強いなぁ」
「人は人。比べなくていいんだよ」
ウィルとシェイラもそうだけれど、いつかずっと一緒に過ごす事ができるという確証があるのなら、自分も桃也を待つことができただろうか。
「綾斗くんとはどう?」
「ど、どうして急に綾斗の話?」
「京子ちゃんと彼の関係って、ちょっと特別っていうか。入り込めない空気感あるから」
告白の事は話していないはずだ。
一歩踏み込んだ話に戸惑いながらも、京子は胸の内を伝えた。
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