綾斗の実家に行った時もそうだが、人の気配がない静寂は昔から得意じゃなかった。
「お化け屋敷なら耐えられるんだけどな……」
『出る』と割り切ってしまえば我慢できるのに、何が起きるか分からないこの状態で『怖い』という思考に陥ってしまうと、なかなか抜け出すことが出来ない。
修司は視線を感じたからと注意を促してきたが、京子はそれを感じなかった。
彼が言うように相手が能力者でないというならば、それは修司単体に向けられたものなのだろうか。
閉じたカーテンの向こうを気にしながら、京子は下で買ってきた缶コーヒーを開ける。
忍に貰ったコーヒーと同じブランドだ。CMでも良く見るポピュラーな物だが、本部の自動販売機には入っていない。見つけた時は「これだ」と思わず声が出てしまった。
ただ、今日は一日食べ通しだったせいもあって、さっぱりとブラックを選んだ次第だ。
「あの人は、敵……なのかな」
最初は大して何も思わなかったのに、『敵かもしれない』と言われると好奇心さえ湧いて、もう一度会いたいと思ってしまう。
けれど二度ある事は三度あるというが、三度目はなかなかやって来なかった。
もう会う事はないのだろうか。佳祐の事も気になるが、もう一度忍に会って話がしたい。
スマホの着信音が鳴って、京子は大きめにつけていたテレビのボリュームを下げた。
「綾斗!」
『あれ、もしかして飲んでない?』
「声で分かる?」
『何となくだけど。やっぱりそっちは気が抜けない感じ?』
「少しだけね。けど良かった、綾斗の声聞きたかったんだ」
『俺も声聞けてホッとした』
彼の声は京子にとってカンフル剤のようだった。
恐怖でざわついていた気持ちが抜けていくのが自分でも良く分かる。
『変わりない?』
「うん。佳祐さんもいつも通りだよ。今日はずっと色んなトコ行ってきたんだ」
京子は福岡に着いてからの事を話した。
昼は支部の食堂でカレーを食べて、夜は屋台に行った事。おやつに焼きたてのカステラを食べた事。その後に訓練施設に行った事を順序良く説明する。
「明日は朝から演習場に連れてってくれるんだって。久しぶりに思いっきり撃って来るよ」
『へぇ。九州支部って演習場近いもんね。そういえば俺も一度泊った事あるけど、部屋からの夜景が綺麗だったな』
「夜景……か」
『あれ、部屋じゃなかった?』
「ううん、部屋だよ。部屋なんだけど……」
要らぬ誤解をされた気がして、京子は「あのね」と修司との会話を伝える。
心配させたくないと思って黙っていたが、誤魔化す言葉は見つからなかった。
『視線──か。大した事ないといいけど、寝れる? 何ならずっとこのまま話しててもいいけど』
「流石にそこまでは。一応、大人だし」
『俺に気なんて使わないで良いから。それより、さっきメールしたのに全然既読にならなくて心配したんだよ』
「メール? あ、ごめん。全然気付いてなかった」
言われてみれば、見慣れぬ色のランプが耳元で点滅している。
『本部に京子さん宛てのハガキが届いたから、送っといた』
「ハガキ? 誰だろう」
『見てのお楽しみってことで──あ』
何かに気付いたように綾斗が呟く。キャッチが入ったらしい。
「いいよ、写真見ておくね。お風呂入ったらこっちから掛け直しても良い?」
『勿論。じゃあ、また後で』
声の後に通話が切れる。
やよいの事件以降、これだけ距離が離れるのは初めてだった。
「綾斗……」
臆病になる気持ちを振り切って、京子は未読のメールを開いた。
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