先日流れた桃也のスピーチを補うように、誠がアルガスの現長官として全支部と関係各所へ向けて会見をした。
語られた事実にメディアの反応は様々のようだが、京子たちの所まで影響が及ぶことはなく、比較的穏やかな日々を過ごしている。
ホルスとの関係も特に進展はないままだ。
それは6月も後半に差し掛かった梅雨ど真ん中の水曜日だった。
綾斗は大学4年生になり、平日アルガスに居る事も増えた。
修司と三人で基礎鍛錬を終えた所で事務所に呼ばれ、京子は綾斗とデスクルームへ戻る。
窓の外は土砂降りの雨だ。
佳祐から連絡があり、折り返すようにという事だった。急ぎではないらしいが、何だろうと首を傾げながら彼のスマホへ電話を掛けると『よぉ』といつも通りの声が返って来る。
佳祐とはやよいの通夜以来だ。
久志が少なからず彼を疑っていたようだが、あれ以後二人の関係はどうなっているのだろうか。
「お久しぶりです、佳祐さん。どうしました?」
『どうかしなきゃ電話して悪いのかよ』
「そんなことないですよ。佳祐さんは元気そうで良かった。心配してたんですよ?」
『カッコ悪ぃトコ見られたしな。ありがとよ』
気遣うような優しい声だ。彼が犯人だなどと、悪い冗談にしか思えない。
久志が憶測であんなことを言うとは思えないが、未だにそれが事実として確認されていない所を見ると、杞憂に過ぎなかったのだろう。
横で会話をじっと伺う綾斗に、京子は「大丈夫」と小声で頷き左手で『〇』のジェスチャーを送った。
『それでだ、京子に相談があってな』
「私に? 相談ですか?」
やはり用事もなく連絡してきた訳ではないらしい。
相談というワードに綾斗は眉を顰めて、京子が話すスマホに顔を近付ける。急な接近に驚いて「近いよ」と目を見開くと、電話の向こうで佳祐が『何だよ』と笑った。
『誰かいんのか?』
「綾斗が……」
『別に構わねぇよ。修司の事なんだが、アイツ今本部に居るんだろ? 本人が嫌じゃねぇならウチで預かるのはどうだと思ってな』
「預かるって、九州支部にって事ですか?」
『あぁそうだ。アイツは強いって噂じゃねぇか。教えてやることは山ほどあるだろ?』
唐突な提案に戸惑って、綾斗と顔を見合わせる。京子が一人で決められる話ではない。
「こっちとしては有難い話ですけど、久志さんはその事知ってるんですか?」
バスクがキーダーになった場合、北陸支部に併設された施設で1年間の訓練を受けなければならない。訓練室長はマサだが、実際に訓練をするのはキーダーの仕事だ。
修司の北陸行きはやよいの件で保留になっていたが、久志がいまだに動けないのであればそれもアリかと思ってしまう。
『一応な。嫌がられてるみてぇだけど、マサには了解取ってある。すぐに来てくれても構わねぇけどよ、いっぺんこっちに見学に来てみないか? うまいものたんまり食わせてやるぜ』
「そういう事なら、本人に聞いてみますね」
『おぅ。良い返事待ってるぜ』
平和な空気のまま通話を切ったものの、その余韻は重苦しい。
修司を佳祐に預けても良いのだろうか──久志との事があるせいで、少なからず警戒してしまう。けれど、その誤解を解くためにも彼に会いたいと思った。
「私、修司と一緒に行ってこようかな」
「京子さん……」
綾斗は低く唸って、京子をじっと見つめていた。
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