「君、もしかしてヒデと一緒? バーサーカーなの?」
『ヒデ』と呼ぶ相手が、ホルスのトップである松本秀信の事だというのは理解できる。彼は元キーダーで、バーサーカーだった男だ。
大舎卿たちと同世代の彼より忍の方がずっと年下に見えるが、彼を語る口調はその情報に疑問符ばかり打ちつけて来る。
それよりも、綾斗がバーサーカーだとホルスには知られたくなかった。
なのに3度目の忍との再会は、最悪の状況に始まってしまう。
「綾斗さんがバーサーカーって……」
「まだ京子さんにしか話してなかったから」
何も知らず困惑する修司に、綾斗が忍と対峙したまま「ごめんな」と謝る。
京子はそんな三人を気にしつつ、足元に倒れた佳祐へ呼び掛けた。
「佳祐さん……」
海岸の白い砂を、赤い色が染めている。
背中を丸めて横向きに倒れた佳祐の顔は、血の色が失せていた。意識も薄くかろうじて生きている状態だが、そこへ駆け寄る隙を忍が与えてはくれない。
佳祐の息が絶えるのを、じっと見守らなければならないのか。
薄っすらと開いた瞼の奥で、虚ろな目がジロリと京子を見上げた。
「きょう、こ」
ヒューと細い息を漏らしながら、佳祐が声を絞り出す。
「殺せ……って、言われてんだろ? このまま逝かせてくれ」
「けど……」
「けどじゃねぇよ」
誠から佳祐の粛清命令を受けたが、京子はまだ何もしていない。
このまま待てば、彼は息をしなくなるだろう。けれど、どこかに助ける手立てはないかと考えてしまう。
そんな京子に、手を血の色で染めた忍が「駄目だよ」と笑い掛けた。
「上の命令には従わなきゃ。佳祐を殺せって言われてるんだろ? だったらひと思いに逝かせてあげなくちゃ可哀そうだよ。言葉や想いをあの世になんて持って行けるわけじゃない。なぶり殺しなんて、優しさでもなんでもないよ」
「そんなつもりじゃ……」
佳祐を苦しめようなんて考えている訳じゃない。
忍の言葉が分からなくはないが、今ここで止めを刺すことはできなかった。
綾斗は取り乱しそうになる京子を「落ち着いて」と宥めて、忍に視線を返す。
「馴れ馴れしいな」
「そう? 普通だけど?」
綾斗の怒りを沸々と感じる。普段クールだと言われる彼だが、忍を見る目も声も、いつもの何倍も冷たかった。
「この人が駅で会ってた人?」
「そうだよ。彰人くんがホルスだって言ってた」
以前忍と会ったのは、二度とも冬の東京駅だった。
青いシャツのスーツ姿だった彼は、今ジャケットとネクタイを外し、袖を肘まで捲り上げている。香水の匂いも、茶色の髪から覗く片耳だけの金色のピアスもそのままだ。
忍は私服姿の綾斗を足元から見上げて行き、ニヤリと歯を見せた。
「君、もしかして京子の恋人?」
「そうだって言ったら?」
「へぇ。バーサーカーのカレシか。強い男に惹かれるって、何か分かるな」
軽快に笑う忍に、不信感は否めない。
そして彼は思わぬことを口にする。
「遠距離の彼──じゃないよね。京子は可愛いからさ、また次ができるんだろうっては思ったけど、ちょっと意外だな。俺はてっきり、この間駅で抱き合ってた超絶イケメンの彼だと思ってたよ。アレに勝ち目はないって思ったけど、意外と普通の所に収まったね」
「余計なこと言わないで下さい!」
東北からの帰り、東京駅に湧いた気配から彰人に庇われた時だ。
ピシャリと返す京子に、忍は「怒らないでよ」と眉を下げる。
「やっぱり、あの時の気配は忍さんだったんですね?」
「まぁね」
そういえば昔、浩一郎も夜の公園で攻撃を仕掛けてきたことがあった。
彰人との一連を忍に見られていた。京子にとってはこれで次の話題へ行って欲しいところなのに、『そうか』と聞き流す綾斗じゃない。
こんな時に面倒なのが、修司の存在だ。
「京子さん、彰人さんと抱き合ってたんですか!」
「そうじゃないよ。ややこしくしないで!」
「京子さん?」と振り向く綾斗の目を、すぐには見れなかった。
全部、忍のせいだ。
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