スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

234 脱出か奪還か

公開日時: 2024年6月30日(日) 09:21
文字数:1,680

「ねぇりつ、もしホルスとキーダーが戦いになったら、君はその場所に戻ろうと思う?」


 挑発的な問いかけに、律は唇をぎゅっと結んで彰人を睨みつけた。


「答えたくないなら答えなくても良いよ。じゃあさ、教えて欲しい事があるんだ」

「教えて欲しい事……?」

「君は空間隔離くうかんかくりが使えたでしょ? 僕たちにもそれができたら便利だなと思ってね。コツなんて教えて貰えたら嬉しいんだけど」 

「あれは特殊能力だってあの女が言ってたわよ? 口で説明してどうにかなるものなのかしら」


 律は怪訝けげんな顔で眉をひそめる。

 あの女というのは京子の事だろう。横浜の戦いで、律は京子を相手に空間隔離を発動させたらしい。

 外に被害を出さない空間を自在に操ることが出来たらとは思うが、『可能性はある』という彰人に期待しつつも、律の言葉にうなずいてしまうのは事実だ。


「やるだけやって駄目なら諦めるけどね」

「それだけの為にここに来たの? 敵の私が口を開くだろうなんて考え、ちょっと都合が良すぎるんじゃないかしら」

「君はまだ僕の敵で居るつもり?」

「私は貴方の味方にはなれないわ。けど──」


 律は椅子からゆっくりと立ち上がり、迷いを解き放つように胸の前でぎゅっと片手を結ぶ。

 彼女は思いもよらぬ言葉を口にした。

 

「空間隔離は戦いに必要なものよ。無駄な破壊や殺人は要らないから」

「それって、教えて貰えるって事ですか?」


 綾斗が驚くと、ずっと彰人に張り付いていた彼女の視線がジロリと横へ移った。


「貴方もそのつもりで付いてきたんでしょう?」

「はい、勿論です」


 食い付く綾斗に小さく笑んで、彰人が「良かった」と笑顔を見せる。

 

「律は優しいね」

「褒めても何も出ないわよ。私が貴方の敵であることに変わりはないわ」

「あぁ、それで構わない」

「教えるのは一回だけよ。やれるものならやってみれば良いわ」


 律は突っぱねるように声を強め、鉄格子越しに空間隔離の話を始めた。

 ほんの数分に凝縮された内容は、綾斗にとって新しい観点から見た能力の話だ。


 一通り説明が終わった所でタイミング良く入口の扉が叩かれる。タイムリミットの合図に、彰人が「時間だね」と顔を上げた。


「これくらいで良かったかしら?」

「十分だよ、感謝する。ただ、敵だって言う君に貸しを作るわけにはいかないから、一つ情報を置いていくよ」

「情報?」

「ホルスとアルガスは大きな戦いを控えてる。数日のうちには動きがあると思うよ。ま、君には関係ない話かもしれないけどね」


 一方的に話して、彰人は「じゃあね」と扉を開いた。

 彼の背中に律が驚愕の目を見開いているのが分かって、綾斗は息を呑む。猟奇的な表情に、胸が騒めいた。


「彰人さん!」


 はやる綾斗を促すように、彰人はエレベーターに乗り込んでいく。狭い廊下に反響する足音が、やたら耳に痛かった。

 パチリと閉まった扉を背に、「そういう事だよ」と彰人が目を細める。


「彼女はまだホルスの人間だ。身体能力の優れた彼女が本気を出せば、能力なんか無くたって護兵ごへいのガードくらい難なく突破できるよ。もし彼女が自らの意思でここを出るというなら、僕は戦場で彼女を迎え撃つつもりだ」

「トールの彼女をここから逃がすのが上の考えなんですか?」


 高橋が作った薬は、トールを能力者に戻すものだ。

 ホルスと合流すれば、彼女は再び能力を得るだろう。


「佳祐さんがここの情報を流していた可能性はゼロじゃないからね。彼女奪還の動きがあるだろう事は否定できない。騒ぎにでもなったら大変だからね、その前にここへ来れて良かったよ」

「そういう事ですか」


 ホルスであり味方キーダーでもあった佳祐の影響は大きいだろう。

 律は1年以上監禁されているとはいえ、服の上からでも筋力が落ちているようには見えなかった。きっとそれなりに体格を維持してきたのだろう。来るべき時の為という事だろうか。


「で、律の話は役に立った?」

「はい、貴重な話でした。ありがとうございます」

「いいんだよ。彼女はホルスだけど、悪い人じゃないんだ。だからって許せる訳じゃないし、僕もキーダーとしてそれなりの相手をするだけだよ」


 エレベーターが開いて護兵ごへいに挨拶し、元のフロアへ戻る。

 何気ない病院の風景が広がっていた。





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