「ねぇ律、もしホルスとキーダーが戦いになったら、君はその場所に戻ろうと思う?」
挑発的な問いかけに、律は唇をぎゅっと結んで彰人を睨みつけた。
「答えたくないなら答えなくても良いよ。じゃあさ、教えて欲しい事があるんだ」
「教えて欲しい事……?」
「君は空間隔離が使えたでしょ? 僕たちにもそれができたら便利だなと思ってね。コツなんて教えて貰えたら嬉しいんだけど」
「あれは特殊能力だってあの女が言ってたわよ? 口で説明してどうにかなるものなのかしら」
律は怪訝な顔で眉を顰める。
あの女というのは京子の事だろう。横浜の戦いで、律は京子を相手に空間隔離を発動させたらしい。
外に被害を出さない空間を自在に操ることが出来たらとは思うが、『可能性はある』という彰人に期待しつつも、律の言葉に頷いてしまうのは事実だ。
「やるだけやって駄目なら諦めるけどね」
「それだけの為にここに来たの? 敵の私が口を開くだろうなんて考え、ちょっと都合が良すぎるんじゃないかしら」
「君はまだ僕の敵で居るつもり?」
「私は貴方の味方にはなれないわ。けど──」
律は椅子からゆっくりと立ち上がり、迷いを解き放つように胸の前でぎゅっと片手を結ぶ。
彼女は思いもよらぬ言葉を口にした。
「空間隔離は戦いに必要なものよ。無駄な破壊や殺人は要らないから」
「それって、教えて貰えるって事ですか?」
綾斗が驚くと、ずっと彰人に張り付いていた彼女の視線がジロリと横へ移った。
「貴方もそのつもりで付いてきたんでしょう?」
「はい、勿論です」
食い付く綾斗に小さく笑んで、彰人が「良かった」と笑顔を見せる。
「律は優しいね」
「褒めても何も出ないわよ。私が貴方の敵であることに変わりはないわ」
「あぁ、それで構わない」
「教えるのは一回だけよ。やれるものならやってみれば良いわ」
律は突っぱねるように声を強め、鉄格子越しに空間隔離の話を始めた。
ほんの数分に凝縮された内容は、綾斗にとって新しい観点から見た能力の話だ。
一通り説明が終わった所でタイミング良く入口の扉が叩かれる。タイムリミットの合図に、彰人が「時間だね」と顔を上げた。
「これくらいで良かったかしら?」
「十分だよ、感謝する。ただ、敵だって言う君に貸しを作るわけにはいかないから、一つ情報を置いていくよ」
「情報?」
「ホルスとアルガスは大きな戦いを控えてる。数日のうちには動きがあると思うよ。ま、君には関係ない話かもしれないけどね」
一方的に話して、彰人は「じゃあね」と扉を開いた。
彼の背中に律が驚愕の目を見開いているのが分かって、綾斗は息を呑む。猟奇的な表情に、胸が騒めいた。
「彰人さん!」
逸る綾斗を促すように、彰人はエレベーターに乗り込んでいく。狭い廊下に反響する足音が、やたら耳に痛かった。
パチリと閉まった扉を背に、「そういう事だよ」と彰人が目を細める。
「彼女はまだホルスの人間だ。身体能力の優れた彼女が本気を出せば、能力なんか無くたって護兵のガードくらい難なく突破できるよ。もし彼女が自らの意思でここを出るというなら、僕は戦場で彼女を迎え撃つつもりだ」
「トールの彼女をここから逃がすのが上の考えなんですか?」
高橋が作った薬は、トールを能力者に戻すものだ。
ホルスと合流すれば、彼女は再び能力を得るだろう。
「佳祐さんがここの情報を流していた可能性はゼロじゃないからね。彼女奪還の動きがあるだろう事は否定できない。騒ぎにでもなったら大変だからね、その前にここへ来れて良かったよ」
「そういう事ですか」
敵であり味方でもあった佳祐の影響は大きいだろう。
律は1年以上監禁されているとはいえ、服の上からでも筋力が落ちているようには見えなかった。きっとそれなりに体格を維持してきたのだろう。来るべき時の為という事だろうか。
「で、律の話は役に立った?」
「はい、貴重な話でした。ありがとうございます」
「いいんだよ。彼女はホルスだけど、悪い人じゃないんだ。だからって許せる訳じゃないし、僕もキーダーとしてそれなりの相手をするだけだよ」
エレベーターが開いて護兵に挨拶し、元のフロアへ戻る。
何気ない病院の風景が広がっていた。
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