修司が生まれる十日前、父親は横断歩道の渡り掛けに信号無視で突っ込んで来たトラックに轢かれて即死した。
産褥期に入っていた母親はその事実を受け止めきれず、狂乱状態だったらしい。
母方の祖母が助産院を細々と経営していて、息子である伯父の颯太が後を継ぐ為にと産婦人科医になって間もなくの頃だ。
閑散期の助産院に産声を響かせたのは、元気な男の子だった。病弱で心臓を患っていた母親からの遺伝を危惧されていたが、それは杞憂に終わったと喜んだ矢先に状況は一変する。
国からの指示である出生検査が毎度流れ作業でしかないのは、引っ掛かる赤ん坊など見たことがないからだ。
国が開示しているデータでは、現存するキーダーは十余人。一億数千万人いる日本人の中で、その出産に立ち会うなど奇跡に近い。
少量の血液が示す潜在能力を颯太どころか七十過ぎの祖母でさえ見たことはなかったのに、身内が産んだ子供がそのマーカーを青色に染めたのだ。
能力がマーカーに示された場合はすぐに国へ届けるのが義務だ。それを怠った場合、医者は罪を問われる。禁固刑か医師免許の剝奪か。いずれにせよ重罪だ。
けれど、二人がその決断を下すまで時間はかからなかった。
キーダーは英雄だ。
しかし、キーダーの特殊能力は国のもの。有事が起きれば最前線で壁となり、国の駒として戦わねばならない。
生まれてすぐに力を制御するための銀環が手首にはめられ、十五歳になったら国に仕えるために家を出るのが決まりだ。
拒否することもできるというが、その権利が与えられるのもまた十五になってからになる。
二人は赤ん坊の能力を隠蔽した。
彼を産んだのは二人にとって娘であり妹だ。夫の死を受け入れることのできない彼女から、息子までもを奪うことなどできなかった。
東北の片田舎が功を奏して、修司が十歳になり母親が病に倒れるまでは誰に見つかることもなかった。
平野に出会ったのは、母親の葬儀が終わって一月ほど経った春の事だ。
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