「三年一組、星川那津、至急、生徒指導室の小林まで来なさい」
登校するとすぐに放送で呼ばれた。バンドをやっている以外で目立つことがない私が、生徒指導の先生に呼ばれることは初めてだ。
褒められるようなことはしていないので、生活指導だろうか。しかし、身に覚えがなさすぎる。
経験がないので慌てて教室を出ると、遅刻ギリギリで廊下を走ってきた春斗に「ついていってやろうか?」とからかわれた。
生徒指導といえば、春斗は何度もお世話になっているので、小林先生とは仲がいい。でも、ついてきてもらったところでマイナスにしかならない。断って先を急ぐ。
「失礼します。三年一組星川です」
生徒指導室には真ん中に大きな机があり、向かい合わせに椅子があった。
「座って」
小林先生は、四十代半ばくらいで中肉中背の強面の教師だ。生活指導担当だと言われれば、誰もが納得しそうな見た目だったが、声が優しいので威圧感はない。ただ春斗曰く、怒らせたら一番ヤバい奴らしい。
促されて小林先生の正面に座った。
机の上にタブレットを持ち出し、操作している。
なんで呼ばれたのか検討がつかないので、不安が大きくなる。
「この写真に見覚えはあるか」
タブレットで拡大された写真には、制服姿の私とスーツ姿の金髪男が写っている。
この金髪は、音弥さんである。
反射的に小林先生の顔を見てしまった。
「これは星川か?」
またしても嘘をつかずに真実を隠さなくてはいけないらしい。
「私です」
素直に返事をすると、小林先生がタブレットを操作して、メールを私に見せた。
「昨日の夜、匿名で学校にメールがあってな」
小林先生の声を聞きながらメール本文に目を通す。
“北高校三年生のあるバンドのボーカルが、ホストと夜の街へ消えていきました。貴校の生徒が夜の店に通っています。風紀が乱れて他の生徒に影響がないか心配です”
確かにホストに見えなくもない。私も最初はなんかヤバい人だと思ったくらいだし。
だけど、こんな太陽の下の明るい写真でだけで、夜の街へ消えていったなんて、よく断言できたものだ。
これは真実どころかでっち上げだ。
「このメールの文は嘘です」
「だろうな」
え?疑われていたわけじゃないの?拍子抜けする。
「じゃぁなんで呼び出しなんて」
「一応、対処して報告するのが先生の仕事だからな。星川は春斗と一緒にバンドやってるから目立ってはいるが、あいつと違って成績もそこそこで真面目だから、メールの送り主の勘違いだろうと思ったんだが……ただ、ここを見てみろ」
指差された、長い文の締めくくりに目をやった。
“当該生徒の退学処分を求めます”
退学?そんなにはっきり外部の人間が学生の退学を求めるだろうか。
「先生は星川の不祥事を追求するために、お前をここに呼んだわけじゃない。文章や写真を見て、星川に対する嫌がらせではないかと思ってな。いじめとか受けているのなら先生に相談してほしい」
そういうことか。
春斗が何度注意されても、小林先生と仲良くしているのがわかる気がした。ちゃんと生徒のことを見てくれる先生なんだ。
「いじめは、ないです。これをきっかけになにかしてくる人がいるなら知りませんが」
はっきりと答えた。
音弥さんのことが追求されなかっただけで助かった。
嫌がらせなら、春斗のファンの子かもしれない。春斗は誰にでも自分から話しかけるし、明るく接するので女の子から人気があった。地元のライブに出させてもらったときも、春斗だけはファンレターをもらっていた。
駿太は女の子と自分から積極的に触れ合うようなタイプではないから、駿太にファンがいると聞いたことはないし、怪しいのは春斗のファンだ。
私自身、男子と積極的に関わるタイプではないので、男子から恨まれるような記憶はない。
春斗のファンが私の存在が気にいらなくて退学させようとしたのなら、辻褄が合う。
「じゃあ困ったことがあったらいつでも先生に言うように」
日頃の行いで、派手な格好の音弥さんと一緒にいた件が不問になった。
よかった。真面目に登校して、真面目に授業受けていた今までの私に感謝だ。
席を立って生徒指導室を出ようとすると、部屋の電気を消そうとした小林先生が、思い出したように言葉を付け加えた。
「あぁ、だけどな、星川。一応報告しないといけないから、一緒にいた人がホストじゃないことを証明できるか?」
不問じゃなかったのー?
思いっきりがっかりしたのが顔に出たかもしれない。
「証明って……どうやって?」
「親御さんに説明してもらってもいいけど……そういえば聞き忘れてたな。彼は本当はどういう人なんだ?」
つまり、小林先生はあのメールの内容は虚偽だとは信じてくれたけど、彼と私の関係は疑っていると?
ただ、私だって音弥さんのことはよく知らない。
「普通の会社員です」
絞り出した答えが、嘘っぽくて情けなくなる。
研究所の職員だから、説明できないし……会社員でもいいよね?
「本人に説明に来てもらってもいいんだぞ」
小林先生は軽く笑った。たぶん、深刻な話ではない。
昨日の桃香との電話を思い出した。
小林先生も金髪派手男を私の彼氏だと思ってるんじゃぁ……。
全身から力が抜けていくのを感じた。
まさかとは思うけど、職員会議で私の交際疑惑が議論されていたとしたら、恥ずかしすぎない?
とにかく、お母さんから学校に説明してもらおうか。
でも、あの陽気な母親が余計なことを喋らないとは言い切れない。
「今週中にはなんとかします」
その場を取り繕って生徒指導室を出た。
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