柚月さんとトリコさんからの連絡の後、音弥さんが休憩を提案してくれた。
私は珈琲を入れて音弥さんの前のダイニングテーブルに置いた。
音弥さんは、笑顔で受け取り、ひと口飲んで「おいしい」と言った。そして、自分の横の椅子を少しだけ引いてくれた。
私は歌の練習中に飲んでいた水のペットボトルを手に取って、音弥さんの隣に座った。
「なっちゃんさ、さっきの通信のとき、なんか気づいた?」
柚月さんとトリコさんが連絡をくれて、音弥さんがそれに対して的確な指示をしていた。
変わったことはなかったけど。
「さっきの会話の中になにかありましたか?」
「カイから応答がなかったでしょ?気にならなかった?」
そういえば、カイさんは聞いていたのだろうか。
「確かにそうですね。カイさんは今どこにいるんですか?」
「そろそろ戻ってくるんじゃない?それより、さっきの通信、カイは聞いててわざと答えなかったんだよ。もしも誰かが大きく間違ったことを言ったり、カイに助言を求めれば応答したと思うけど」
ということはカイさんは、自分が餌にされる発言を甘んじて受けたってことだ。
カイさんって自分が本当に必要と思ったこと以外は話さないんだなぁ。
脳内でカイさんとの会話が蘇る。他愛もない話だってたくさんあったから、話すのが嫌いってわけではなさそうだけど。
「だから、心配しなくても大丈夫」
音弥さんが私の顔を覗き込んで言った。
不意をつかれたせいで、心臓がギュッと小さくなった気がする。
まさか音弥さんは、私がカイさんのことを女の敵なんじゃないかとか思って不安になったことに気づいていた──いや、その先のことまで気づかれた──?
言葉に困っていると音弥さんは笑った。
「カイは誤解されやすいくせに、自分で誤解を解くなんて面倒なことはしない奴だから、それが吉と出たり凶と出たりするわけだ」
誤解されたままでも気にしないってことか。
「それ、吉になることありませんよね?」
思わず言ってしまった。
「もしも相手がカイのことをアイドルを見るような目で見ていたとして、俺ならやめてくれって否定するけど、カイはスルーするわけだ。そうすると、相手はカイに容認されたと認識する。手は届かないけど、好きでいてもいいとなると、カイがどんどんアイドル化されていくわけだ」
「それのどこが吉なんですか?」
「モテるから吉なのかなって。違うのか?」
途中から話がわからなくなってきたけど、カイさんのことはよくわかった。それと同時に、この話は吉とか凶とか関係なくて、私がカイさんのことを誤解しないように音弥さんが話してくれたのかもしれないと思った。
音弥さんと目があった。
綺麗な金の髪の間から青いピアスが光って見えた。
音弥さんはいつだってカイさんの味方なのだ。
「モテてもプラスとは限らないと思いますけど、私は誤解しません。カイさんのことも、音弥さんのことも」
そう言った瞬間、音弥さんの大きな手が私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「よしよし」
「ちょっと、音弥さん私はペットじゃないんですから」
「いや、そいううつもりじゃなくて、かわいいなぁって」
その瞬間リビングの扉が開いた。
「セクハラ……で訴えるなら話は聞くぞ」
カイさんが戻ってきた。
「カイさん!」
久しぶりのカイさんの姿に、気づいたら立ち上がって駆け寄っていた。
「セクハラは冤罪ですよ〜」
音弥さんは呑気に珈琲の入ったマグカップを手に取っている。
「那津」
「はい?」
「セクハラされたなら、脇腹に蹴り入れていいぞ」
「おい!カイ!!それはただの暴力だからな!まだ肋骨ヒビはいってるんだぞ!!」
「じゃぁ、遠慮なく」
音弥さんにゆっくり近づく。
「って、なっちゃん本気?」
「セクハラされたら遠慮なくします。でも、まだされてないので今はしません」
「さっきなっちゃんの顔、本気だったよ」
「してないのに怖がるってことは、セクハラの自覚あったんですか?」
カイさんが私と音弥さんを見て笑っている。カイさんと音弥さんの信頼関係が伝わってくる。この場所、好きだなぁ。
「そんなことより」と音弥さんが切り出して、空気が変わる。
カイさんが音弥さんの向い側に座った。
「さっきの通信聞いてただろ?」
「もちろんだ」
「じゃぁいい。夢魔の動向は?」
「巨大な夢魔は弱い夢魔を取り込むから、全国的に夢魔は出ていない。このままならあの台風に集中できる」
「予想どおりだな。なっちゃんの歌は仕上がってるよ。あとはカイと合わせた方がいいんじゃない?外で。ここからでも夢魔を弱らせる効果はあるかもよ?」
「では0時にやろう。制服に着替えてくる」
カイさんは、部屋から出ていった。
ようやく、カイさんの歌声が聴けると思うと、嬉しいような緊張するような。
じっとしていられないので、音弥さんに歌の練習に付き合ってもらいながら待つことにした。
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