月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

8.予期せぬ出来事

公開日時: 2022年2月25日(金) 23:55
文字数:2,582

 翌日の下校時刻。


 教室で桃香と話していると、廊下から耳を疑うような会話が聞こえてきた。


「ねぇ、金髪のイケメンが三年の玄関にいるって」


「うそ!卒業生とかかな?」


「背が高くてモデルみたいらしいよ」


「見に行こ見に行こ」


 教室から走って出ていく女の子達。


 なぜか心がザワッとした。

 ここ数日、私には嫌というほど関わっている金髪男がいる。しかし、彼とは違うと思いたい。


「まさかとは思うけど、那津の彼氏……ついに学校までお迎えに?」


「だから違うって」


 昨日、校内放送で生徒指導室に呼び出された後、桃香に問い詰められたので、音弥さんと会ったことと、それによって学校に、私の退学要求が来たことは簡単に話してあった。

 とはいえ桃香まで、金髪イコール音弥さんと認識している。

 ますます音弥さんが来たとしか思えなくなってくる。


「一応、自分の身分を証明しに来るとは言ってたけど……でも、私は日程の調整をしてから連絡するって言ったんだよ」


 もしも今学校にいるのが音弥さんだとしたら、なぜ今日、連絡もなしに来るのか。


「那津のために早く誤解を解きたかったんじゃないの?愛だね、愛」


 桃香は楽しんでいる。

 こうなってくると、相手にしている場合ではない。


「ちょっと、ごめん。先に帰ってて」


 かばんを掴んで急いで玄関に向かった。

 

 すぐに見たことのある顔を発見した。

 やっぱり音弥さんだった。


「なっちゃ〜ん」


 おいでおいでと手で合図し、笑顔で迎えてくれた。

 全く嬉しくないんですけど。

 

 学生たちが金髪の男を振り返って見ている。

 派手な格好は、この前と変わらない。

 金髪にピアスでスーツだからいけないのでは?


「なんでスーツなの?」


 言葉に出してから、最初に言う言葉を間違えたことに気づいたが、もうどうでもよくなった。

 この人は、やりたいようにやっているだけなんだ。なんで今日来たのか尋ねても、来たかったから来たって言われるだけのような気がする。


「一応、学校だからね。この前は、仕事でなっちゃんの親御さんに挨拶しなきゃいけなかったから、正装ですよ」


 そう言われると、音弥さんは正しいのか?

でも醸し出される雰囲気が派手だから、正装って言われても納得できるようなできないような。

 

「と、とにかく先生を呼んできます」


 他人の視線が痛いので早く音弥さんを移動させたかった。


「いいよ。俺が行く」


 音弥さんは私の肩にポンと手を置いた。


「職員室どっち?」


 表情もキリッとして、声色も変化した。私の知らない人のようだ。


 私の案内で職員室前まで来ると、音弥さんは躊躇なく扉を開いた。

 横から見た姿が凛として美しかったので驚いた。


「失礼します。三年の那津の件で来ましたが、生徒指導の先生はいらっしゃいますか」


 すぐに小林先生が出てきて、生徒指導室へと案内された。

 私も二人に続いて中に入る。

 目の前の小林先生も普段とは違う顔をしている。


「わざわざ足を運んで頂いて、申し訳ございません」


 小林先生が切り出した。

 音弥さんはどう説明するんだろうか。緊張よりも好奇心が上回ってくる。


「とんでもございません。何か誤解があったようなので、ご説明に上がりました」


 音弥さんが小林先生に名刺を渡して席についた。

 こんな口調でも話せるんだ。


「私は研究所所属ですが、主に現場で仕事をしております。内容については詳細は省きますが、雨宮カイが所長を務めている研究所だと言えばお解りいただけますでしょうか」


「あの有名な雨宮カイさんですか?」


 小林先生が驚きの表情を見せた。カイさんの名前が出ただけで空気が変わったのを感じた。

 カイさんって何者?


「ええ、この研究所では優秀な人材を探しているのですが、私が那津さんをスカウトするためにこちらへ出向いたところで誤解が生じたようです。彼女には、正式に研究所への所属が決まるまでは、他言しないようお願いしておりましたので、私から説明させて頂きました」


 普段とは違う音弥さんに、私は固まったまま動けなくなる。


「そうでしたか。それは大変失礼いたしました」


「いえ、私は構いません。ですが先生、根拠もなくひとりの学生を退学にしようとする悪質なメールについては適切なご対応を頂きたいと思います」


 音弥さんが最後まで丁寧に主張している姿に感動してしまった。本人にそんなつもりはないと思うけど、守られているような気がしてくる。

 小林先生がなんだか小さく見えた。


「ごもっともです」


「よろしくお願い致します」


 二人で生徒指導室から出てきた。空気感が違うので私は音弥さんに話しかけられないまま、玄関で靴に履き替え、無言で後ろを歩いて校門を出た。


「これでよかった?」


 振り返った音弥さんが、いたずらっぽく笑った。いつもの感じだ。


「ありがとうございます」


「心配してたでしょ?俺だって、やるときはやるんだよ。それにしても、肩こったなぁ」


 軽く笑った音弥さんに、ほっとした。見慣れているからこっちの方がいい。

 そういえば、気になったことがある。


「音弥さん、カイさんって何者なんですか」


 小林先生すら、その名前を知っていた。しかも、一目置いているような態度だった。


「カイは研究所を立ち上げた張本人だけど、それ以前に、IQが高くて子供の頃から有名だった。海外の大学を卒業して日本に帰ってきてからは、カイに近づきたい人間ばかりだったよ。ま、本人は研究所にしか興味がないみたいだけど」


 そういえば、カイさんは学歴なんて関係ないって言ってたけど、自分が高学歴だから人の学歴なんて興味ないってことなのかな。


「借りを作るみたいで嫌だからあんまり使いたくないけど、カイの名前はよく効くんだよなぁ」


 音弥さんはぶつぶつ文句を言いながら、駅までの田舎道を歩く。


「でも、今日は音弥さんに助けられました。ありがとうございます」


 自然にお礼を言ったら、音弥さんが笑顔で私の頭に手を置いた。


「素直なとこもあるんだね、なっちゃん」


「いつも素直です」


 音弥さんのペースに巻き込まれてはいけない気がして、さっと距離をとった。


 とりあえず、この件は解決したはず。

 問題が大きくならなくて、よかった。


「あれ?でも音弥さんの名刺って研究所の住所書いてなかったですよね?」


 先生は疑問に思わなかったのだろうか。


「先生に渡したやつは、住所入れてわざわざ印刷してきたの。ちゃんとしてるでしょ、俺」


 この人は、ちゃんとしてるのかふざけてるのかわからない。今日も音弥さんに振り回されている気がする。






 


 




 

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