「花村さんの動きも怪しかったし、早々に手を打ちたい。今日の夜、南東の無人島まで出て台風を消滅させる」
カイさんが通信機で皆に語りかけた。
「無人島までは最大限に飛ばしても3時間はかかるぞ」
音弥さんの表情は明るくない。
「19時にここを出る。音弥は留守を頼む」
「なっちゃんはひとりでの長距離は…」
「俺が連れて行く。とにかく19時までは体を休めてほしい。柚月もトリコさんも、帰ってきて休んでくれ」
「こちら、トリコよ〜。万が一を考えて、柚月と音弥は研究所に残ったほうがいいわ。無人島へは私がついていく。黒い夢魔なら浄化しないから私の方が相性はいいし、芹沢に言うこともあるし」
有無を言わせない口調でトリコさんが言い切った。
研究所に少しの沈黙が流れたあと、音弥さんが静かに問いかけた。
「柚月も賛成?」
「私が行っても足手まといになるだけ。だから研究所の防衛に回るわ」
柚月さんの声のあと、階段から誰かが駆け下りてくる音がした。
かなりバタバタしているが、体が大きめのフィルさんの足取りではない。
「私はついていくからね!!」
リビングに凛が駆け込んできた。
「凜はだめだ」
カイさんが即答した。
全てが聞こえているはずの通信機の向こう側からは反応がない。
音弥さんも黙っている。
「那津がよくて、私が駄目な理由を述べて!だいたい、もしも現地で道具が故障したら誰が修理するの?フィルは体が重いからついていくのは無理だよ」
「いや、凛……師匠を呼び捨てって……」
音弥さんが口を開いた。
「いいの!ちゃんと尊敬はしてるから。それにフィルも賛成してる」
カイさんが首を横に振った後で音弥さんに視線を向けた。私も思わず音弥さんの顔を見た。
「何かあっても凛のことを守れるやつがいない。凜は技術者で、研究員じゃない。凛は行かせない。代わりに俺が行く。どのみち、戦いながらの道具の修理は現実的じゃない」
あれ?音弥さんは研究所の留守を頼まれたはず。
「音弥まで反対なわけ?」
「もちろん。凛には悪いけど、この仕事は俺達のものだ」
凛は納得していないように見える。
カイさんは、凜を無視して音弥さんに問いかけた。
「で、音弥が行く理由は?」
凛を連れて行かないことは決定事項なのか、それ以上は触れないようだ。
凛がソファーに体を投げ出した。音弥さんはそれを見てから静かに答えた。
「歌える人間は多い方がいい」
「肋は?」
「痛み止めでなんとかする」
カイさんが音弥さんの肩に手を置いた。
通信機から声が聞こえる。柚月さんだ。
「カイ、研究所は私に任せなさい。音弥がそこに残れるわけないから」
「……わかった」
カイさんは凛の時とは違い、すぐに受け入れた。
私は今から始まろうとしている黒い夢魔との戦いが、未だに想像できずにいる。それでも、歌うことしかできない私がカイさんと一緒に現場に向かう。私よりも長く研究所にいる凜は行けないのに。
ソファーにうつ伏せに寝転んだ凛の元へ駆け寄った。
凜は寝返りをうって仰向けになった。私はしゃがんで、凛と顔を合わせた。
「那津、最悪の自体になったら自分の身だけは守れ」
凛の目は天井を見ている。
「ありがとう」
私に言える言葉はこれだけだった。凜は、音弥さんや私が現場に行くことを反対することはなく、体を起こした。そして、カイさんをまっすぐ見て言った。
「待ってる奴をがっかりさせたら許さないからな」
カイさんが立ち上がって、凛に近づいた。
「肝に命じる」
「わかればいい」
凜はそのままソファーから立ち上がると、振り向かずに部屋を出ていった。
呼び止めることができなかった。研究所の皆の決断は、見えている表面的なものだけではない気がした。少しの疎外感が体に付き纏う。
結局、カイさんと音弥さん、それからトリコさんと私が無人島へ出発することになった。
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