月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

64.人選

公開日時: 2023年1月15日(日) 01:59
文字数:1,533

「花村さんの動きも怪しかったし、早々に手を打ちたい。今日の夜、南東の無人島まで出て台風を消滅させる」


 カイさんが通信機で皆に語りかけた。


「無人島までは最大限に飛ばしても3時間はかかるぞ」


 音弥さんの表情は明るくない。


「19時にここを出る。音弥は留守を頼む」


「なっちゃんはひとりでの長距離は…」


「俺が連れて行く。とにかく19時までは体を休めてほしい。柚月もトリコさんも、帰ってきて休んでくれ」


「こちら、トリコよ〜。万が一を考えて、柚月と音弥は研究所に残ったほうがいいわ。無人島へは私がついていく。黒い夢魔なら浄化しないから私の方が相性はいいし、芹沢に言うこともあるし」


 有無を言わせない口調でトリコさんが言い切った。

 研究所に少しの沈黙が流れたあと、音弥さんが静かに問いかけた。


「柚月も賛成?」


「私が行っても足手まといになるだけ。だから研究所の防衛に回るわ」


 柚月さんの声のあと、階段から誰かが駆け下りてくる音がした。

 かなりバタバタしているが、体が大きめのフィルさんの足取りではない。


「私はついていくからね!!」


 リビングに凛が駆け込んできた。


「凜はだめだ」


 カイさんが即答した。

 全てが聞こえているはずの通信機の向こう側からは反応がない。

 音弥さんも黙っている。


「那津がよくて、私が駄目な理由を述べて!だいたい、もしも現地で道具が故障したら誰が修理するの?フィルは体が重いからついていくのは無理だよ」


「いや、凛……師匠を呼び捨てって……」


 音弥さんが口を開いた。


「いいの!ちゃんと尊敬はしてるから。それにフィルも賛成してる」


 カイさんが首を横に振った後で音弥さんに視線を向けた。私も思わず音弥さんの顔を見た。


「何かあっても凛のことを守れるやつがいない。凜は技術者で、研究員じゃない。凛は行かせない。代わりに俺が行く。どのみち、戦いながらの道具の修理は現実的じゃない」


 あれ?音弥さんは研究所の留守を頼まれたはず。


「音弥まで反対なわけ?」


「もちろん。凛には悪いけど、この仕事は俺達のものだ」


 凛は納得していないように見える。

 カイさんは、凜を無視して音弥さんに問いかけた。

 

「で、音弥が行く理由は?」


 凛を連れて行かないことは決定事項なのか、それ以上は触れないようだ。

 凛がソファーに体を投げ出した。音弥さんはそれを見てから静かに答えた。


「歌える人間は多い方がいい」


「肋は?」


「痛み止めでなんとかする」


 カイさんが音弥さんの肩に手を置いた。


 通信機から声が聞こえる。柚月さんだ。


「カイ、研究所は私に任せなさい。音弥がそこに残れるわけないから」


「……わかった」


 カイさんは凛の時とは違い、すぐに受け入れた。

 私は今から始まろうとしている黒い夢魔との戦いが、未だに想像できずにいる。それでも、歌うことしかできない私がカイさんと一緒に現場に向かう。私よりも長く研究所にいる凜は行けないのに。

 ソファーにうつ伏せに寝転んだ凛の元へ駆け寄った。

 凜は寝返りをうって仰向けになった。私はしゃがんで、凛と顔を合わせた。


「那津、最悪の自体になったら自分の身だけは守れ」


 凛の目は天井を見ている。


「ありがとう」


 私に言える言葉はこれだけだった。凜は、音弥さんや私が現場に行くことを反対することはなく、体を起こした。そして、カイさんをまっすぐ見て言った。


「待ってる奴をがっかりさせたら許さないからな」


 カイさんが立ち上がって、凛に近づいた。


「肝に命じる」


「わかればいい」


 凜はそのままソファーから立ち上がると、振り向かずに部屋を出ていった。

 呼び止めることができなかった。研究所の皆の決断は、見えている表面的なものだけではない気がした。少しの疎外感が体に付き纏う。


 結局、カイさんと音弥さん、それからトリコさんと私が無人島へ出発することになった。



 










 

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