月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

80.ステージ

公開日時: 2023年12月24日(日) 01:26
文字数:3,676

 客席に背を向けて、メンバーを見渡した。私達のバンドには、ドラムはいなかった。たまに助っ人で春斗の友達が叩いてくれたことを思い出す。それに、キーボードがふたりいる。桃香の隣に細身の男性が座っている。駿太と春斗はいつもより、スタイルがよく見えるし、スマートだ。そしてなにより、私よりも迫力のあるボーカリストがいる。

 私は、観客席に向き直った。ドラムが合図して演奏が始まる。

 ちょっと待って。アレンジされてる。こんなの練習なしで歌えるわけない。


「歌いな、眠り姫。いつまで寝てるつもり?」


 サキはマイクを使って、そう言った後で普通に歌い始めた。さっきハモるとか言ってなかった?と脳内を探ってみる。そういえば、戦うって言ってた。

 ボーカルを奪うってこと?

 マイクを持ってしまえば負けられない。ステージ上から関係者席に移動したカイさんが見えた。

 いつまでも眠っていられるわけがない。サキから主旋律を奪うように声を乗せた。すると、嘘みたいに声がひとつになった。サキから視線が送られてきた。うまい。私じゃなくて、サキが私に合わせてくれている。

 桃香は相当練習をしたらしく、二人で弾いたり、入れ替わったりしているのが見えた。

 そこから先は幸せな時間だった。演奏が終わる頃には、なんでこんなに上手な人たちが本選に進めなかったのかが気になっていった。


 演奏が終わって、私達はステージの後ろに下がった。ステージでは、コンテストの優勝者の発表が始まったらしい。司会者の声が聞こえる。でも、私には誰が優勝するのかよりも、サキがなぜ予選落ちしたのかが気になっていた。


「サキさんのバンドは、なぜここで演奏をすることになったんですか」


 どう考えても、本選に残るバンドだろう。


「芹沢さんに声をかけられたから」


「そうではなくて…」


 なぜ予選落ちをしたのかなんてストレートに聞くことはできない。困って、言葉を探していたら、サキがなにかに気づいた。


「あぁ。那津は知らないよね。私達は、元々ベースがいなくて、助っ人に頼んでたのよ。ただ、そいつが元々所属してるバンドもこっちのバンドも本選に進むことになって、二重エントリーできないからベースを他の人に頼もうとしてたところでギターが腕を骨折して、エントリーを辞退したってわけ。私も弾けるけど、うまくはないし」


「それで、駿太に声がかかったんですか?」


「あなた達のバンドが本選に行けないことが決まったあとで、すぐに芹沢さんから打診があったの。駿太と春斗とバンドを組んでみろって。最初は断ったけど、会ってみたら意外とよかったってかんじ。お互いに自分らのバンドがあるから、今回限定ってことで、やることになったの」


 本来は本選に行くはずだったんだ。やはりそれだけの力があったってことだ。


「サキさんの声、素敵でした」


「ありがと。那津の声は予選の録画でしか聴いたことなかったけど…私はさ、今の方がいい声だと思うよ」


 サキはそう言うと、自分のバンドのメンバーと控え席に戻っていった。


「俺、不思議だったんだけど、那津、めっちゃ声出てたじゃん。まさかボイトレ行ってた?」


 春斗が懐っこく話しかけてきた。


「行ってないよ〜。多少歌ってたけど」


 多少というのは嘘だ。音弥さんに付きっきりで歌を習ったし、カイさんとも歌ってたから。あれがトレーニングになっていたとは。


「サキさんはプロになるのかな?」


「サキはもういろんなとこから声かかってるみたいだよ」


 やっぱり。と思う気持ちと羨ましいと感じる気持ちがあった。

 話の途中だったけど、ステージ裏は邪魔になるのでスタッフから場所を移動するように言われた。駿太と春斗は控え席に、私達は今から観客席に戻るルートはないので、関係者席に逃れることにした。ステージの後ろを回り関係者席に着くころには、優勝したバンドがステージ上で挨拶を終えていた。

 関係者席はロープで区切ってあるだけで、観客席と変わりはない。もうコンテストが終わりに近いので人が少なく、カイさんと音弥さんはすぐに見つけることができた。でも知らない人と話していたので、ふたりの側には行かずに、ステージが見られる関係者席の端に立った。


 私はさっきまであそこにいたのに、今はもう遠い。もう二度と戻らない場所を見つめた。

 ステージでは、司会者が終演の挨拶をしている。時計に目をやると16時を回っていた。夏の太陽のせいでこんな時間になっていたことに気づかなかった。


「黙っててごめん。芹沢さんから、もしかして那津にバレたらここに来てもらえないかもって言われて…駿太も春斗も、那津がステージで歌うのは最後になるかもしれないから、黙っていようって話になって」


 桃香が口を開いた。


「びっくりしたよ。まさか桃香まで練習してるとは」


「ちなみに今日、カイさんたちが家まで迎えに来ることも知ってたんだよね…実は」


 驚くと人はどこから出たのかわからない声がでる事があると知った。そして、次の音が出てこずに、黙った。


「駿太経由で芹沢さんから連絡があって、あとでカイさんと音弥さんが家に挨拶にきて…若い男性ふたりだったからお母さん舞い上がっちゃって、それはウケたんだけど」


 挨拶!?桃香の家に?

 知らない。知らない。知らない。でも、だからあんなに早く打ち解けてたのか。と少し納得した。


「ありがとう、桃香」


 思わず桃香に抱きついた。

 私をステージに立たせるためにみんなが協力してくれたんだと気づいた。


「怒られなくてよかったわ。私は、先に那津に言うべきだって言ったんだけど、負けたのよ。駿太も春斗も音弥さんもカイさんもサプライズがいいって。芹沢さんが全部責任とるとか言うから」


 桃香から離れて、少し冷静に考えてみる。


 私が歌わなかったらどうしたんだろうか。そしたら、サキがひとりであの歌を──。それもきっと素敵だったに違いない。


「なーっちゃん。かっこよかったよ」


 後ろから音弥さんが現れた。その隣にはカイさんもいる。


「ありがとうございます…けど、言いたいこともあります」


 ふたりを交互に見ていたら、桃香が先に口を開いた。


「えっと…那津に喋っちゃいました」


 予想の範疇だったようで、カイさんも音弥さんも驚いた様子はなかった。


「なんで教えてくれなかったんですか」


 思わず言葉がでた。

 ステージに立てた自分が誇らしかったし、嬉しかったので、怒っているわけじゃない。

 私の質問にカイさんが目を合わせずに答えた。


「芹沢から頼まれたからな。那津にお詫びのつもりだったみたいだな。俺も那津のステージが嫌な思い出で終わるよりはいいと思ったし、今なら歌えるって信じてた」


「なっちゃんはステージに立ってみてどうだった?バンド続けたくなったならそっちを選んでもいいんだよ」


 それは就職をせずに進学をしてバンド活動を続けてもいいという意味だろうか。確かにサキのことを羨ましいと思った。だけど私が歌う場所はここじゃない。

 もしもカイさんも同じように、就職しなくてもいいという意見だったとしたら…。心臓の鼓動が急に聴こえてくる。思わずカイさんに視線を送ってしまった。


「那津が望むなら、俺は研究所で待ってる」


「本当ですか?」


「俺の中ではもう那津は社員だから」


 私はカイさんに必要とされている。例え、カイさんがこの会場で夢魔を浄化する素質のある声を見つけたとしても、私は私で研究所にいてもいいんだ。

 涙が溢れそうになって、慌てて腕で拭おうとしたら、カイさんに腕を引っ張られ、そのまま引き寄せられた。あっという間に私はかいさんの腕の中に入ってしまった。

 も、桃香も音弥さんも見てるのに。カイさんどうしたの。


「俺が泣かせたと思われる」


「いや、カイが泣かせたんだろ?」


 顔をあげられないまま、首を横に振った。


「涙止まったか?」


 カイさんって、たぶん…抱きしめてる感覚じゃない気がする。こっちは変に心臓がぎゅってなるけど、あんまり深い意味はなさそうだから、いちいち意識したら駄目だ。


「泣いてはいないです」


 顔を上げたら、カイさんが私を見ていたので顔が近くなる。この人は何を考えてるんだろう…。


「あのー、ひとついいですか」


 桃香の声で我に返って、カイさんから離れた。


「どうぞ〜、なんでも聞いちゃって」


 音弥さんが笑顔を見せた。


「カイさんと那津って、付き合って……」


「桃香、なに言ってんの」


 慌てて桃香の話を止めようとするも、音弥さんが笑顔を崩さずに答えた。


「桃香ちゃん、残念ながらカイくんの片想いなんだよ。なんだけど、カイくん帰国子女だからスキンシップがちょっと日本人とは違っ…」


 音弥さんの太ももにカイさんの蹴りが入った。助かった。


「うるさいぞ。そんなことより、早く帰るぞ」


 カイさんはいつも通りの口調だった。そうだ。本来カイさんはクールで、女性に甘いところなんて想像つかない。前に音弥さんがカイさんは来るもの拒まず去るもの追わずって言ってたから、恋よりも仕事なんだろうな。

 私の秘めた気持ちがここで溢れるわけにはいかない。せめて、研究所で役に立てるようになるまでは。


 私達は大部分の観客がいなくなってから、会場を後にした。

 ここで歌えたことは忘れない。






 


 







 








 




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