午前0時を前にして、強風が研究所を襲った。
「あんたたち、お仕事の時間みたいよ」
トリコさんが窓の外を見て言った。
タブレットを見ながら作戦を練っていた3人は、奥の部屋に消えていった。
「那津は、ここにいなさい」
赤いソファーの隅に座らさせられた。
「さっきの質問に答えると、私は夢魔を浄化できない。その代わりに退治する力は持っている。ただ、ここの人間が浄化に拘る以上、私はサポートしかできないのよね」
夢魔を退治してしまえば、夢主は一瞬楽にはなるが、次の夢魔を生み出す可能性がある。夢主は自分で負の感情と向き合って、乗り越えなければいけないから、退治ではなく浄化をすると聞いたことを思い出した。
夢主は浄化されて弱くなった負の感情と折り合いをつけることで、強くなるのだろうか。
「那津、騙されちゃだめよ。トリコさんは、サポートとか言ってるけど、力だけはめちゃめちゃ強くて、私達が止めなきゃ、勝手に夢魔を退治しちゃうくらいの人よ」
部屋に戻ってきた柚月さんが、トリコさんにスティックを数本投げた。
このスティックは伸びたり縮んだりして、みんなが空を飛ぶ時や攻撃、月の光を集めるのに使っていたものだ。
トリコさんは、パシッと格好良く受け取り、慣れた手つきでズボンのベルトに差した。
一応、性別不詳って言ってたけど、キリッとした姿は、美しい男性そのものだった。
「那津、惚れちゃだめよ」
トリコさんに、見ていたのがバレてしまった。
「いや、美しいなって」
整った顔立ちと、男性にしては少し長めの黒髪。何より、長い手足の動きが綺麗だ。
「ふふ。じゃぁ特別に教えてあげるわ。私が女性っぽく振る舞う理由はね、強すぎる自分を抑えるためと、女が寄ってこないようにするためよ」
バンッと、窓を開けるとトリコさんはそのまま飛び出した。
「相変わらず、派手ね。トリコさん、ぶっ飛んでるのよ……」
柚月さんが独り言のように呟いた。
「さて、トリコさんを野放しにすると危険だから私が追いかけるわ。音弥とカイが来たら伝えて。那津は、カイの指示に従ってね」
柚月さんも長いポニーテールを揺らし、窓から外に出ていった。
「あれ?あいつら行っちゃったの?」
音弥さんとカイさんも、ベルトにスティックを差して現れた。全身真っ黒の服を着ているので、闇に溶けそうだ。
「はい。柚月さんはトリコさんを追いかけるって言ってました」
「トリコさん、本性出しちゃったわけね。どうするカイ?」
「柚月が止めるだろう。問題ない」
「んじゃあ、任せるか。俺たちは、迎え打つしかないな。トリコさんが退治しちゃわないといいけど」
「大丈夫だろ。そんなことより、音弥、今のうちに光を集めろ。あいつは、風で雲を動かして月を隠す」
「上級夢魔ってことか。りょーかい。じゃ、俺は先に行くわ。なっちゃん、見学どころじゃなくて悪いけど、中で待っててね〜」
音弥さんは、いつも通りの態度で窓から出ていく。ここの人は、みんな玄関を使わないのだろうか。
カイさんとふたりになってしまった。カイさんの指示に従えって言われたけど、さっきのことが蘇る。きっと、カイさんも私がまた勝手になにかしないか警戒していると思う。
恐る恐る、立っているカイさんを見上げた。
カイさんは壊れたはずの通信機を腕につけている。
「カイさん、それ?」
壊れているなら腕に巻く意味がない。
「これ?気づいたか」
カイさんは、私の座っているソファーの横にしゃがみこんだ。
普段は見えないカイさんのつむじが見えた。距離が近い。
「壊れていない」
カイさんが私を見上げて、腕を差し出した。
確かに、ちゃんと動いている。
「嘘、だったんですか?なんで?」
カイさんは遠くを見て頭を掻いた。
「那津との……会話を優先するために……通信機は邪魔だった」
え?それで、わざと通信を切ったのだとしたら……。カイさんって、ますますわからない。
私に気を遣ったのかな。
って、またあの抱き寄せられたことを思い出して顔が赤くなる。
意味ない意味ない意味ない。あんなこと、カイさんにとっては意味ない。
必死で自分を落ち着かせる。今は、そんなこと考えてる場合じゃない。
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