月夜の歌は世界を救う

あめくもり
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84.カオルさん!?

公開日時: 2024年2月26日(月) 01:22
文字数:2,070

 翌日、時間通りにトリコさんが迎えに来てくれた。ただ、トリコさんはいつもと違っている。肩まで伸びた髪は、編み込まれて後ろで小さく束ねられている。シンプルな黒いTシャツにシルバーのネックレスが光っている。今日は、トリコさんの雰囲気が違う。


「じゃ、乗って」


 促されて助手席に乗った。


「今日は、俺を男だと思って接して」


 いや。トリコさんは元から男性…なんだけど最強お姉さんというか…。慣れないので混乱する。それに女子会だと思って、美味しいフィナンシェやマドレーヌの入ったバスケットを買ってしまった。

 そこに柚月さんから電話が入った。


「もしもし、那津〜。そろそろトリコさん…じゃなかったカオルさんが迎えにいったかな?」


 カオル?まさかトリコさんのキャラ作りは名前まで変えてくるほどなの?


「カオルさんって…」


「トリコさんの本名よ!最初に会ったときに自己紹介してもらわなかった?」


 そういえば、トリコさんは鳥居薫子だからトリコだと名乗っていた気がする。初対面のときだったから名前や性別に触れてはいけない気がしてスルーしたのを思い出した。


「確か薫子さんって言ってました」


「そうそう。本名は薫なのにトリコさんが自分で鳥居薫子という名前だからトリコって呼んでって言ってるのよ。でも今回はカオルさんらしいわ」


 運転席のトリコさんは、私に静かに微笑んでから車を発進させた。普段と変わらないはずのトリコさんだけど、服装や髪型のせいで男性だと再認識させられる。


「ゆ、柚月さん…トリコさんが、トリコさんが、男性すぎて緊張します」


「中身は変わってないから大丈夫よ」


「で、でもさっき『俺』とか言ってましたよ〜」


「大丈夫。そのうち慣れるから」


 今日は女子会だと思ってたのに、トリコさんが男性すぎてドキドキが止まらない。男性のはずなのに、所作がキレイなので、どうしたらいいのかわからなくなる。


「慣れませんよ〜」


「ん〜じゃぁ、研究所に着くまでに慣れてください。じゃあね」


 柚月さんは鼻歌でも歌いだしそうなくらいのテンションを残して電話を切った。

 正直、柚月さんの電話に救われたと思ったのに、どうやってトリコさんに向き合えばいいんだろう。


「俺がなんで、女性みたいな話し方したり、女性っぽいことをしてたかって言うと、大学生のときに大失恋して、二度と恋愛なんてしないと思ったから。単純でしょ」


「年上の女性と無理して付き合って。結局、俺が子供だっていう理由で振られた。けど、年齢なんて理由にならないでしょ。初めからわかってたことだし。大人って、なんか理屈を探して本音を言わずに逃げる奴いるから、それが許せないって話。向き合う気がないなら、気を持たせるようなことはすんなって思ってる。だから今回は、カイが許せない。俺は那津の味方だから、あいつの本音を引き出してやる」


「その前に、トリコさんがその、なんていうか…いつもと違って本当に緊張するんですけど」


 カイさんの車の助手席に乗ったときよりも、どこに視線を向けていいのかわからないくらい緊張してきた。


「しばらく俺はこのままだから、カオルって呼んで」


 トリコさんが微笑んだ。

 ようやく緊張の理由がわかった気がする。トリコさんは今までに見たことがない上品な男性で、中性的な魅力が溢れている。これは男とか女とか関係なく…恋愛対象とかでもなく…存在が美しいのだ。


「トリコさん…じゃなかったカオルさん、キレイすぎて緊張します」


「俺が?それはありがと。でも、今はカッコいいって言われた方が嬉しいかも」


 トリコさんが男性の姿でいると、女性が寄ってきて仕事にならないって…冗談なのかと思ってたけど、本当なのかもしれない。見慣れてるはずの人なのに、別人みたいだ。


「ちなみに、今日から一泊二日で那津が研究所に来るって話は、バカ2人には言ってないから」


 バカ2人……って、カイさんと音弥さんのこと?


「それ、大丈夫なんですか?」


「許可なく研究所内には入らないし、泊まるのはプライベートなセカンドハウスだし、いいんじゃない?」


 急に不安になる。


「那津はカイと音弥には何も話さなくていいよ。会ったら挨拶くらいすればいいけど。カイは那津とはふたりきりにはならないって言ったんでしょ。研究所の人間とふたりきりはまずいって」


「確かにそう言われました」


 明らかに距離をとられた。


「俺は役職あるからって好きな女と距離を取るくらいなら、正々堂々と会える道を探すね」


 言いきったトリコさんの横顔は、自信満々だった。でも、カイさんの場合は私を好きかどうかって微妙なんじゃないかな。嫌われてるとは思わないけど…恋愛とかではないから、勘違いされないように距離をとろうとしたというか、私の気持ちを牽制したというか。


「違うんです…カイさんは、私の気持ちを牽制したんです。これ以上好きになられたら困るから」


 声に出してみたら、現実を叩きつけられたようで悲しくなった。


「那津までバカの仲間入りしなくていいって。あとは俺に任せといて」


 トリコさんが私の肩に手をぽんと乗せた。その手が大きくてドキドキしてしまう。刺激が強いのでやめてほしい。









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