カイさんの運転する車は、森の中の細い道を進む。
関係者以外立ち入り禁止の看板を横目に入口を通ると、丘の上に大きなログハウスが2つ並んでいるのが見えた。
車をログハウスの前に止めると、音弥さんが出てきた。
私達も車を降りて、荷物を降ろす。
「なっちゃんお疲れ様〜。カイも、たいへんだったな〜。とりあえず、トリコさんが待ってるから早く中に入った方がいいよ」
私達は促されるままに建物の中に入った。
広々とした玄関で靴を脱いで中に入る。
扉を開くとダイニングキッチンに8人ほとが座れる大きなテーブルがある。奥のリビングにはローテーブルと落ち着いた赤いソファーがある。こちらには10人くらい座れそうだ。
部屋の中は木の温もりが感じられる。
研究所というよりは、別荘のように見えた。
「くぉら〜!!カイ〜!!着く時間はちゃぁぁぁ〜んと言えって、あ〜れ〜ほ〜ど言っても、まぁぁだわからないのくわぁぁ〜」
すごい剣幕で、声の低い美人が出てきた。
「トリコさん、一応、お客さんもいるから」
音弥さんがフォローに入った。
「こちらが見学に来たなっちゃんで、こっちは……トリコさん。ちなみに年齢と性別は不詳ってことに──痛っ」
トリコさんに耳を引っ張られて、音弥さんは退散した。トリコさんは背の高い音弥さんと同じくらいの身長なので、迫力がある。
「あの、星川那津です。今日から日曜日まで、見学でお世話になります」
しっかりとお辞儀をした。礼儀は大切だってことは学生だって知っている。
「話は聞いてるわ。私は、鳥居薫子よ。皆、トリコって呼ぶわ」
トリコさんは、にっこり笑った。さっきの迫力とは違い、どこか気品がある。
「さぁ、そんなことより夕食よ。まだ食べてないのは、あなたたちだけなんだから。でも、もう時間が遅いから、女の子は食べないかしら?」
時間は午後11時前だ。確かに、太るし、家なら食べないかもしれない。だけど、こんな時間まで待っててくれたんだから、食べないわけにはいかない。
「いえ、いただきます」
「トリコさん、俺も那津と一緒に食べるから」
トリコさんは、すぐに食事を運んできてくれた。
「さぁ、座って座って。今日はビーフストロガノフ。カイの大好物なのよ」
私とカイさんは向かい合って食べる。
お店の味のようだ。
「これ、すごく美味しいです」
カウンターキッチンから見えるトリコさんに声をかけた。
「あら、ありがとう。素直でいい子じゃない!」
カイさんは黙って食べている。
と、その時、バタン。と玄関から音がした。
「カイ!帰ってきたなら、言いなさいよ!」
柚月さんだ。私が挨拶をすると柚月さんは、すぐに態度を変えた。
「那津!いらっしゃい。トリコさんの料理は絶品だからたくさん食べていってね。ゆっくりしてていいから──って言いたいところなんだけど、少し急いでもらった方が良さそうね」
ダイニングテーブルの隅っこに柚月さんが座って、タブレットを開く。音弥さんがそれを覗き込む。
トリコさんは、いつものことなのか気にする様子もない。カイさんも無言で食べ進めている。
私もなるべく急いでスプーンを口に運んだ。
音弥さんと柚月さんの会話が聞こえる。
「さっきカイが追い払った夢魔だけど、ゆっくりこっちに向かってるわ」
「まだすぐには来ないでしょ。場所は向こうにバレてんの?」
「おそらく。方角的にはこっちに向かってるから、間違いなさそう。それにしても、すごい執着心ね」
「感情の種類がわからないけどな」
感情の種類ってなんだろう。夢魔は負の感情から生まれるとは聞いたけど。
カイさんが「ごちそうさま」と言って、カウンターに食器を下げた。
トリコさんが満足そうに食器を受け取っている。私も、急いで食べてトリコさんにお礼を言った。
カイさんが柚月さんの後ろからタブレットを覗き込んだ。
私は、会話に入れないのでトリコさんの片付けを手伝うことにした。
「感情の種類か……音弥なら、会えばわかる。一番厄介なやつかもしれない」
「俺にもわかるって?まさか、夢魔の矛先、俺?カイじゃなくて?ってか、まさかカイ、夢主の目星ついてんの?」
「誰かということまでは、わかっていない。ただ、なんで追いかけられてるのかは、さっき戦ってなんとなくわかった」
柚月さんと音弥さんが顔を見合わせて、少し小声で話始めたので、トリコさんが食器を洗っている水の音で、こちらには会話が聞こえなくなった。気になるけど、仕方ない。
私はキッチンでお皿を拭きながら、トリコさんと話した。
「トリコさんも、ここで夢魔と戦うんですか?」
「秘密よ」
トリコさんは泡のついたお皿を慣れた手つきで洗い流す。
それも聞いてはいけないことのひとつらしい。美人に冷たくされるのは怖いので、話題を変える。
「トリコさんの料理、すごくおいしかったから、料理人かと思いました」
「あら、ありがとう。料理は趣味なの。他にも、ここの人間は足りないところがたくさんあるから、私みたいなのが世話してやらないといけないのよー。あーやだやだ。」
なんだかトリコさんは楽しそうに見える。
「ここで働く他の人は、いないんですか?」
「外部の協力者を除けば、あとふたりいるわよ。もう寝てるけど、発明家が。そのうち会えると思うけど。っていうか、あいつら、那津に何も説明してないのね。だめねぇ」
まだまだ謎が多い研究所。無事に過ごせるか不安になりつつ、夜が更けていく。
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