月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

22.歓迎

公開日時: 2022年3月3日(木) 23:55
文字数:2,172

 カイさんの運転する車は、森の中の細い道を進む。

 関係者以外立ち入り禁止の看板を横目に入口を通ると、丘の上に大きなログハウスが2つ並んでいるのが見えた。


 車をログハウスの前に止めると、音弥さんが出てきた。

 私達も車を降りて、荷物を降ろす。


「なっちゃんお疲れ様〜。カイも、たいへんだったな〜。とりあえず、トリコさんが待ってるから早く中に入った方がいいよ」


 私達は促されるままに建物の中に入った。

 広々とした玄関で靴を脱いで中に入る。

 扉を開くとダイニングキッチンに8人ほとが座れる大きなテーブルがある。奥のリビングにはローテーブルと落ち着いた赤いソファーがある。こちらには10人くらい座れそうだ。

 部屋の中は木の温もりが感じられる。

 研究所というよりは、別荘のように見えた。


「くぉら〜!!カイ〜!!着く時間はちゃぁぁぁ〜んと言えって、あ〜れ〜ほ〜ど言っても、まぁぁだわからないのくわぁぁ〜」


 すごい剣幕で、声の低い美人が出てきた。


「トリコさん、一応、お客さんもいるから」


 音弥さんがフォローに入った。


「こちらが見学に来たなっちゃんで、こっちは……トリコさん。ちなみに年齢と性別は不詳ってことに──痛っ」


 トリコさんに耳を引っ張られて、音弥さんは退散した。トリコさんは背の高い音弥さんと同じくらいの身長なので、迫力がある。


「あの、星川那津です。今日から日曜日まで、見学でお世話になります」


 しっかりとお辞儀をした。礼儀は大切だってことは学生だって知っている。


「話は聞いてるわ。私は、鳥居とりい薫子かおるこよ。皆、トリコって呼ぶわ」


 トリコさんは、にっこり笑った。さっきの迫力とは違い、どこか気品がある。


「さぁ、そんなことより夕食よ。まだ食べてないのは、あなたたちだけなんだから。でも、もう時間が遅いから、女の子は食べないかしら?」


 時間は午後11時前だ。確かに、太るし、家なら食べないかもしれない。だけど、こんな時間まで待っててくれたんだから、食べないわけにはいかない。


「いえ、いただきます」


「トリコさん、俺も那津と一緒に食べるから」


 トリコさんは、すぐに食事を運んできてくれた。


「さぁ、座って座って。今日はビーフストロガノフ。カイの大好物なのよ」


 私とカイさんは向かい合って食べる。

 お店の味のようだ。


「これ、すごく美味しいです」

 

 カウンターキッチンから見えるトリコさんに声をかけた。


「あら、ありがとう。素直でいい子じゃない!」


 カイさんは黙って食べている。


 と、その時、バタン。と玄関から音がした。


「カイ!帰ってきたなら、言いなさいよ!」


 柚月さんだ。私が挨拶をすると柚月さんは、すぐに態度を変えた。


「那津!いらっしゃい。トリコさんの料理は絶品だからたくさん食べていってね。ゆっくりしてていいから──って言いたいところなんだけど、少し急いでもらった方が良さそうね」


 ダイニングテーブルの隅っこに柚月さんが座って、タブレットを開く。音弥さんがそれを覗き込む。

 トリコさんは、いつものことなのか気にする様子もない。カイさんも無言で食べ進めている。

 私もなるべく急いでスプーンを口に運んだ。


 音弥さんと柚月さんの会話が聞こえる。


「さっきカイが追い払った夢魔だけど、ゆっくりこっちに向かってるわ」


「まだすぐには来ないでしょ。場所は向こうにバレてんの?」


「おそらく。方角的にはこっちに向かってるから、間違いなさそう。それにしても、すごい執着心ね」


「感情の種類がわからないけどな」


 感情の種類ってなんだろう。夢魔は負の感情から生まれるとは聞いたけど。


 カイさんが「ごちそうさま」と言って、カウンターに食器を下げた。

 トリコさんが満足そうに食器を受け取っている。私も、急いで食べてトリコさんにお礼を言った。


 カイさんが柚月さんの後ろからタブレットを覗き込んだ。

 私は、会話に入れないのでトリコさんの片付けを手伝うことにした。


「感情の種類か……音弥なら、会えばわかる。一番厄介なやつかもしれない」


「俺にもわかるって?まさか、夢魔の矛先、俺?カイじゃなくて?ってか、まさかカイ、夢主の目星ついてんの?」


「誰かということまでは、わかっていない。ただ、なんで追いかけられてるのかは、さっき戦ってなんとなくわかった」

 

 柚月さんと音弥さんが顔を見合わせて、少し小声で話始めたので、トリコさんが食器を洗っている水の音で、こちらには会話が聞こえなくなった。気になるけど、仕方ない。

 

 私はキッチンでお皿を拭きながら、トリコさんと話した。


「トリコさんも、ここで夢魔と戦うんですか?」


「秘密よ」


 トリコさんは泡のついたお皿を慣れた手つきで洗い流す。

 それも聞いてはいけないことのひとつらしい。美人に冷たくされるのは怖いので、話題を変える。


「トリコさんの料理、すごくおいしかったから、料理人かと思いました」


「あら、ありがとう。料理は趣味なの。他にも、ここの人間は足りないところがたくさんあるから、私みたいなのが世話してやらないといけないのよー。あーやだやだ。」


 なんだかトリコさんは楽しそうに見える。


「ここで働く他の人は、いないんですか?」


「外部の協力者を除けば、あとふたりいるわよ。もう寝てるけど、発明家が。そのうち会えると思うけど。っていうか、あいつら、那津に何も説明してないのね。だめねぇ」


 まだまだ謎が多い研究所。無事に過ごせるか不安になりつつ、夜が更けていく。




 


 





 




 


 

 



 

 

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