「みんなが戦っている夢魔は、私のバンド仲間の駿太です。バンドでは、ベースを担当していました。性格は冷静で口数が少なくて、でも嘘はつかないし、優しいです。ベースの腕を認められてコンテストの選抜メンバーに選ばれました。それから大学にも行く予定だと聞いています」
早口で駿太の情報を伝えた。
「那津、わかった。俺の推測通りだ。音弥、来てるか?」
カイさんが窓から見える場所におりてきて、音弥さんと並んで立った。
「あぁ、挟み込むぞ」
カイさんと音弥さんがスティックの上に立ち舞い上がった。更に月の光を蓄えたと思われる淡い光を放つスティックを構えた。
夢魔は、空からふたりを攻撃しようとしていた。
「着いたわよ〜。あんたたち、下に落ちてきたら私がやるから遠慮なく飛びなさい」
トリコさんも到着した。後を追って、柚月さんも現れた。
「柚月、情報は聞いたな?」
「カイ、もちろんよ」
「俺と音弥が夢魔の動きを止める。柚月が歌え。たぶん俺達の歌では届かない」
「なんとなく、わかったわ。カイも音弥も怒りの矛先ってわけね」
なぜ、駿太の怒りの矛先がカイさんや音弥さんになるのか、そもそもどこに接点があるのか私にはわからない。
渦巻く風は多くの草や木の葉を巻き上げている。
閃光が走る。
カイさんが高く舞い上がり、夢魔をスティックで上から地面に押し付けると、音弥さんが集めた光を夢魔に向けて放った。
夢魔が激しく抵抗してカイさんが弾き飛ばされた。飛ばされたカイさんは、すぐに体を翻してスティックを数本、夢魔に向かって投げた。
ベースを掻き鳴らす音が響き渡る。
「悪いが、お前の思い通りにはならない。帰ってお前の主に伝えろ。そしてもう二度と出てくるな」
カイさんが夢魔に突っ込んだ。
夢魔の動きが止まったタイミングで、音弥さんがスティックを差し込み、夢魔の中心部に月の光を放った。
柔らかい光が周囲を包む。
たとえ愛が届かなくても 挫けても
道はどこまでも続いていく
いつか光で包まれる時まで
柔らかい光の中、柚月さんの力強い歌声がすべてを包みこむ。
聞いたことがない歌だ。でも、やはり柚月さんは圧倒的に歌唱力がある。
夢魔は、しばらくジタバタした後動かなくなった。そして、光の粒に姿を変えた。
夜の闇の中にキラキラと輝く光はアーチ状となり、やがて虹となった。
虹はゆっくりと柚月さんが空に掲げたスティックに吸い込まれていく。
柚月さんが、スティックを空高く投げた。上に昇ったスティックは天と地の間にゆっくりと大きな円を描く。そして中心に光が集まると、また柚月さんが歌を歌いだした。
夢魔よ 風の中で 闇を解き放て
苦しみを空に預け 夢に還れ
月の光の中で 永遠に眠れ
優しい高音が静かに響く。柚月さんは、こんな歌い方もできるんだ。
私はなぜか昔聴いた「あの人」の歌声を思い出した。心が苦しくなるほど囚われたあの声を。
「あの人」の歌声も、ひとつではなかった。いろんな表情があった。柚月さんも同じ。魅力的な歌だ。夢魔を浄化するための歌声が、こんなに素晴らしいものならば、歌声を酷評された私は、どれだけの努力を重ねる必要があるのだろう。
円の中心に集まった光がサラサラとひとつの方向に流れていく。
これが浄化なのだろう。
柚月さんが歌を終えて光の行く先を見守っている。トリコさんも、音弥さんも、カイさんも。みんなが立って同じ方向を見上げている。
夢魔が無事に夢主の元へ還るのを見届けているようだ。
駿太が生み出した夢魔が戻っていく先を、私もずっと見つめた。駿太が負の感情と向き合って、前を向けますようにと願わずにはいられなかった。
いつの間にか風は止んでいた。
私もいつか夢魔と戦い、柚月さんのように歌うことができるだろうか。
外にいる4人を見つめた。
私はまだ建物の中で守られているだけで、なんの力にもなれない。でも、みんなと同じ場所に立ちたい。
自分でも不思議なくらい、4人に惹かれていることに気づいた。
どんなに夢魔と戦っても、世の中の人には知られることがないから、感謝されることもない。どんなに素敵な歌を歌っても。それでも、夢魔の浄化のために歌われた歌は美しかった。
私の歌とは何かが違う。私の歌が酷評された理由が少しだけ見えた気がした。
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