「あった!」
家に帰ってから、引き出しにしまってあった音弥さんのシンプルな名刺を発見した。
この名刺、研究所の名称と音弥さんの名前、あとは携帯電話の番号しか記載がない。
そういえば、自分はいつも研究所にいないから名刺なんて必要ないとか言ってたような気がする。
会社の所在地や電話番号が載っていないから、学校側に渡しても、誰も音弥さんの身分を確認できない。
やっぱり、この名刺は無意味じゃん。
だからといって、お母さんに援護を頼むのは自分から地雷を踏みに行くのと同じ。
名刺を机に置いて、しばらく眺めた。
こんなことになったのって、そもそも音弥さんが学校まで来たからだ。
仕方ない。話くらいは聞いてもらってもバチは当らないだろう。
私はスマホを手に取り、名刺に載っている番号に電話した。
音弥さんに私の番号は教えていなかったはず。私のことをちゃんと認識して真面目に話を聞いてくれるだろうか。
何度もスマホを持ったり置いたりしているだけで、時間が過ぎていく。
意を決して電話をかけた。
コール音が緊張と不安を煽る。
「はい、音弥でーす」
明るい声が耳に届いた。
「あの。昨日お会いした那津ですが」
声が強張る。
「なっちゃん?どうしたの?」
名前を呼ばれて、急に安心感が湧く。
私は生徒指導室に呼び出された件を伝えた。
「うわー、それはひどい濡衣だなぁ。なっちゃんが夜のお店に通ってるって。でも誤解されたくらいだから、俺はホストにもなれるってことだよね?そんなにイケてた?」
緊張して電話した私が馬鹿みたいだ。
音弥さんはホストに見間違えられたことに喜んでいる。
「イケてるとかイケてないとかではなくて、私の退学の危機だったんですから。とにかく、音弥さんがホストじゃなくて研究所の職員だって説明しないといけないんですよ」
「それだけ?別に俺の職業がホストだったとして、ただ会ってただけで説明が必要ってどうなの?」
聞き返されるとは思わず、言葉に詰まる。
「私が高校生だから、相応しくないってことだと思います」
「相応しくないって……俺たちがどうこうなってると思ったわけか。夜の街に消えていったと思われたわけだからね」
「ただ夕方に家に帰っただけですけどね」
私の声に、音弥さんは大笑いしている。
「こんなことになるなら、本当に夜の街に消えればよかったね」
「お断りです」
大人の男の人で、こんなに軽い調子で会話をしてくる人は初めてなので、対応に困る。
「冷たいなぁ」
「そんなことより、音弥さんがホストじゃないことを証明しないといけないんです。母に頼んで説明してもらうとしても、どこまで話していいのかわからなくて」
研究所の存在は言ってもいいとして、私に会いにきた理由は説明がしづらい。
ましてや、お母さんがどこまで理解しているのかも不明なので心配なのだ。
「確かに、説明しにくいな」
急に音弥さんの声が静かに響いた。
「面倒だから、俺が学校に行って説明するよ。それが一番話が早いでしょ」
学校に出向くことも面倒なことだと思うけど。
「大丈夫なんですか」
「誤解を解くだけでしょ?任せといて」
音弥さんにとっては、学校に行くことなんて大したことではないらしい。ただ私は、お母さんと同じ陽気な音弥さんに、別の不安がよぎる。
本当に、真面目に説明してくれるのだろうか。
それでも、私もこの方法が一番てっとり早い気がする。
私は明日、小林先生の都合を聞いて音弥さんと日程の調整をすることにして、電話を切った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!