月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

29.非の打ち所がない?

公開日時: 2022年3月10日(木) 23:55
更新日時: 2022年3月11日(金) 12:25
文字数:3,045

「鶏肉がないから、ベーコンでもいい?」


 突然カイさんからの質問が飛んできた。正直、どちらでもいい。

 振り返ってカイさんを見ると、すでに野菜は細かく切られている。そして、手際よくベーコンを切っていく。


「カイさんって、なんでもできるんですね」


「出来ないことはカバーしてもらってるだけで、そんなことはない」


 フライパンに具材を入れながらカイさんが、答えた。


「なにができないんですか?」


 思わず聞いてしまった。

 フライパンの中身は、カイさんの手の中で踊っている。


「俺は、音弥みたいなコミュニケーション能力はないし、トリコさんみたいな冒険心もないし、柚月みたいな真っ直ぐさもない。那津にできて、俺にできないこともたくさんあるはずだ」


 私から見れば、カイさんは仕事で多くの人に接しているし、こんな変わった研究所の所長だし、カイさんが思っている足りないところなんて、足りないうちに入らない。

 私にできてカイさんにできないことなんて想像つかない。


 話しているうちに、ケチャップライスが完成していた。


「那津、卵割って」


 普段料理はしなくても、卵くらいは割れるので、受け取った卵をボールの縁で、コンコンと叩いた。

 ガシャ。

 しまった。力を入れすぎて、卵の殻が少し潰れた。殻が入ってしまった。


 隣からサッと手が伸びて、卵の殻が救出された。


「俺も、それよくやるんだよ。で、トリコさんから卵割るの禁止令が下ってる」


 カイさんにも、できないことかあったんだ。って、失敗した私が言うのもなんだけど、少し嬉しくなる。


「私は、今、ちょっと緊張して失敗しましたけど、いつもはうまくできますよ!」


「いつも?そんなに料理するの?」


「しないですけど」


「それに卵を割るだけで、緊張しないだろ?」


「それはカイさんが見てたから」


 私がギャーギャー言っている間に、カイさんが玉子焼を作って、ごはんを包んだ。

 シンプルでキレイなオムライスが2つ完成した。


「すごい。美味しそうですね」


「鶏肉はなかったけど、チキンブイヨンで味付けしてあるから、大丈夫でしょ」


 得意気なカイさんと一緒に、テーブルにオムライスを運んだ。

 

「そこ座ってて。お茶出すから」


 大きなダイニングテーブルの隅に座った。すると、お茶を持ってきてくれたカイさんが、隣に座った。向かいの席ではなく、隣に。

 気にはなるけど、オムライスに集中する。


「美味しい。カイさんすごいです」


 と、ふと我に返った。もしかして今は、勤務中で、もしかしなくてもこの人はこの研究所で一番偉い人だ。

 私の対応は、絶対、間違ってるよね……?料理作ってもらって、お茶出してもらって、美味しいとか浮かれて。恐る恐るカイさんを見る。


「それはよかった」


 カイさんも、オムライスを口に運ぶ。


「あの、今って一応勤務中ですよね?」


「今は、待機だから気にしなくていい。夢魔が出るとずっと仕事中になるし、夕方だけは一度顔合わせしてるけど、出れなくても問題ない。こんな生活だから、仕事とプライベートの区別がつきにくいけど、ずっと緊張している必要はない」


 確かに、オンとオフの境目が難しいと思う。でも、みんな家族みたいで羨ましい。


「那津は真面目すぎる。俺に緊張する必要もないぞ。所長って肩書ついてるだけのただの人間だから」


 カイさんに緊張する理由は、所長の肩書だけてはないと思う。存在そのものが緊張してしまうのだ。まだ、謎だらけだからかなぁ。


 オムライスを食べながら、この生活に慣れることができるのかを、ぐるぐると考えてしまった。


 ピピピピピピ……。

 カイさんのスマホが鳴った。画面を見て、一瞬躊躇ったように見えたが、そのまま電話に出た。


「もしもし。……あぁ、今は、無理だ。……悪いが、そんなつもりはない……いや……」


 歯切れが悪いカイさん。電話の向こうからかすかに聞こえる女性の声。


「付き合うつもりはない」


 はっきりと聞こえたカイさんの声。

 気まずいので、さっさと食べて席を立つ。

 さっきまで少し楽しかったのに、なんか心が重い。


「たっだいま〜」


 音弥さんが戻ってきた。

 カイさんはまだ電話中だ。


「……俺には、恋愛感情はないから、付き合えない」


「え?カイくん、女の子と電話中?」


 音弥さんはわざとらしくカイさんをくん付けで呼んで、真向かいの椅子に座った。

 カイさんが電話を切って、残りのオムライスに口をつける。

 私は食器を洗いながら、ふたりをハラハラと見守る。


「なに?別れ話??」


 音弥さんにはデリカシーが欠落しているのか。直球の質問にこっちがびっくりする。


「付き合ってもないよ」


「誤解させるようなことするから〜」


「そんなことより、柚月は?」


「振られちゃったから、別行動してた。まだ帰ってないんじゃない?」


 カイさんは、聞いておいて興味がないらしく「そう」と適当な返事をした。話を逸らしたかっただけみたいだ。


「でも、カイ……なっちゃんとふたりのときにその電話はデリカシーないわ〜」


 音弥さんがデリカシーを語っている。カイさんは無視してオムライスを食べている。


「ねぇ、なっちゃん?」


 急に話しかけられて、お皿を落としそうになった。

 確かに、音弥さんが来なかったら空気は重くなって、気まずかった。それに、カイさんにそんな女性がいることが少しショックだったというか、冷たく断っていることが辛かったというか。


「いえ、私は別に」


 そう答えるしかない。


「音弥の言うとおりだ。悪かったな」


 いや、謝られても困ってしまう。

 カイさんが食べ終わってスプーンを置いた。


「ところで、なっちゃんに駿太くんがなんで夢魔を生んだのか説明できた?」


 音弥さんが言うと、カイさんが小さく息を吐いた。


「那津は鈍すぎて、理解するまでたいへんだったぞ。あれなら、音弥くらいストレートに言っても大丈夫だったな」


 カイさん、私に、聞こえてますけど?わざとですよね。


「私は恋愛経験ないから、わからなかったんですよ。大体、好きとか付き合うとか……」


 もごもごと口籠る。


「カイと同じだな」


「俺はその感情については理解している。理解していて避けているだけだ」


「これだから、天然でモテるやつは……」


 音弥さんが呆れている。

 カイさんが食べ終わった食器を持って、キッチンに来た。


「カイさん、ごちそうさまでした。おいしかったです」


 まだ言っていなかった「ごちそうさま」をしっかりと伝えた。


「どういたしまして」


 カイさんは自分の食器を洗い始めた。隣で立っていても邪魔になるので、さっき洗ったお皿を拭くことにした。


「さっきの話からすると、なっちゃんは彼に恋愛感情なかったんだよね?」


 椅子に座ったまま、こちらを向いて音弥さんが話しかけてきた。


「たぶん。仲間としては好きですけど……」


「なっちゃんて、片想いもしたことない?好きでたまらないとか、逢いたくて仕方ないとか、そばにいるだけで幸せっていう気持ち」


 片想い──それが恋愛かと言われたらわからないけど、逢いたくて逢いたくてたまらない気持ちは知っている。心を囚われて、未だに時々探してしまう「あの人」の歌声。


「私にも逢いたくてたまらない人はいます」


 カイさんがこっちを向いた。


「へぇ。那津から、恋愛の匂いは全く感じなかったけど」


 カイさんは人の恋愛とか、全く興味なさそうに見えたのに、質問してくるのでちょっと驚いた。


「いや、だから、その──憧れの人というか」


 私はいつか見た「あの人」のことをふたりに話した。

 心がざわつくほどの歌声に心惹かれた。それは、今もまだずっと変わらない。ただ逢いたいと願っている。

 これを片想いと呼んでいいのかはわからないけれど。


 


 

 


 


 


 









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