月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

11.夢魔(むま)現る

公開日時: 2022年2月25日(金) 23:55
文字数:1,840

 夜、窓を開けるとそこは異世界だった──わけではないが、暗闇の中で虹色の光が移動しているのが見えた。

 進路のことで悩みすぎて疲れてるのかも。

 目を擦る。

 やはり光が遠くの空で大きく光って消え、場所を移動して今度は小さく光って消えてと、繰り返している。

 なんだろう。

 こういう光景を見た人がUFO発見とか騒いでいるのかもしれない。

 きっと理由がわかってしまえば、案外つまらないことだろう。そんなことよりも、私は進路と向き合わなきゃいけない。

 窓を閉めようと窓枠に手をかけた。

 瞬間。

 外から窓に手がかかる。窓の下側から手が伸びてきている。

 驚いて、息をするのを忘れる。

 私の部屋は二階なので、あり得ない。あり得ないけれど、それができる人たちを知っている。


「お久しぶり。ちょっと部屋に入れてもらえないかしら」


 下から顔が出てきた。手の主は柚月さんだった。前に音弥さんが持っていたスティックと同じものの上に立っている。


「魔女みたいに跨いで座らないんですね」


 呑気なことを言いながら窓を全開にする。柚月さんは窓枠に腰掛けて、スティックをペンほどの大きさに戻すと、上着のポケットにしまった。


「このスティックは座ると動きづらいのよ。お尻を乗せるには細すぎるし」


 柚月さんは説明しながら靴を脱ぐと、靴の底同士をくっつけて、上着の反対側のポケットにしまった。軽くて柔らかそうな素材に見えた。


 柚月さんは中に入って窓を閉めた。そして、カーテンを開いて外が見えるようにした。


 部屋の時計は夜9時を回ったところだ。こんな時間に、わざわざ窓から遊びにくるはずはない。

 

「どうかしたんですか?」


 直球の質問をぶつけてみた。

 柚月さんが外が見える位置にあった勉強机の椅子に座ったので、私はベッドに腰かけた。


「このあたりで夢魔が発生したみたいなの。感知計が不規則に動いて、サーモグラフィーにも反応が出てる」


 柚月さんは腕時計型のタブレットを操作しながら説明した。


 「これが感知計。通信機にもなってるの。この前私が渡したマイクは、これが破壊されたときの予備の通信機よ」


 見たこともない機器が次々と現れるので、目を奪われてしまった。


「それよりも、どうして私の家に来たんですか?」


「あぁ、説明を忘れるところだったわ。普通、害のない夢魔は深夜0時〜2時頃に発生して、夢主の夢が覚めれば夢主の元に帰る。つまり消えてしまうわ。でも、この時間から動く夢魔は、夢が覚めても消えない可能性が高くて危険なの。しかも今回は夢魔が規則的な動きをしていて、計算すると、この付近を通過するかもしれない。と、いうわけで待ち伏せさせてもらえないかしら?」


「いい、ですけど、ここで、戦うというか……」


 家が破壊されないだろうか。少し心配になる。


「戦う──抵抗されたら多少はそういうことにもなるかしら。ただ浄化するだけなら、そんなことにはならないけど」


 そのとき、ピーと高い音が鳴って、柚月さんの通信機が光った。


「柚月、今どこにいる?」


 通信幾の音を柚月さんがイヤホンではなく、スピーカーに切り替えた。私にも聞こえるようにだろうか。


「カイね。今は那津の家に着いたところよ」


「わかった。夢魔のスピードが予想より遅い。音弥も間に合うはずだ。俺もすぐに向かう」


「了解」


 すぐに会話は終了した。


「本当にいるんですね、夢魔って」


「そうね、見えれば信じてもらえるんだけど。今は専用のメガネを持ってきてないから、那津に見せてあげることはできないわね」


 柚月さんの話と同時に外がまたキラキラと光った。


「今の虹色の光……さっきから光ってるんですけど」


「那津、見えるの?」


「はい。光ったり消えたりしてますけど、虹色の光が」


「なるほどね。形までは見えないけど、見えてるのね。あれが夢魔よ。まだ遠いけど、スピードが上がってる」


 柚月さんが、ポケットから靴を取り出した。

 緊張感のある顔つきに変わる。

 私にはなんの知識も経験もないので、ただ見守るしかできない。


「私が外に出たら、窓を閉めて。カーテンも閉めて。あなたに夢魔が見えることは知られない方がいい。念のため、マイク型の通信機は置いていくわ」


 私は頷いて、柚月さんがスティックの上に立ち、飛んでいくのを見送った。


 言われた通り、窓を閉めて、カーテンも閉めた。


 私の目に映ったものが夢魔だったなんて、信じられなかった。

 それにしても、どうやって夢魔を浄化するのだろう。

 私は柚月さんにもらった小さな通信機を握りしめて、バレない程度にカーテンの隙間から外を覗いた。


 辺りはまだ静まりかえっている。

 


 



 






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