痛っ……。
立ち上がろうとするだけで、鈍い痛みを背中に感じた。木にもたれかかり、なんとか立ち上がった。
なんであの夢魔が音弥さんの恋人から生まれたと信じてしまったんだろう。いや、まだその可能性がゼロだと思ってるわけじゃないけど。後悔が渦を巻く。
空を見上げると、柚月さんを囲んだ黒い夢魔の塊は私からだんだん遠ざかっていく。戦いながら移動しているようだ。
ふと、横から気配を感じて視線を向けると、こちらに向かってなにかが飛んできた。
「なっちゃん、探したよ」
スティックに乗った音弥さんだ。
音弥さんは、しゃがんでスティックを掴むと、宙返りして地面に着地した。
そしてすぐに私に近づいてきた。
「ごめんなさい」
「なに謝ってんの?そんなことより、大丈夫?」
音弥さんは、不自然に木にもたれ掛かる私に問いかけた。
「腰、ぶつけてしまって。でも、大丈夫です」
私の声を聞いた音弥さんが上に視線をやった。芹沢の位置を確認したのかもしれない。
「無理はしないほうがいいね。すぐに決着をつけてくるから、なっちゃんはここにいて」
「その前に、教えてください。音弥さんの恋人から生まれた夢魔は、ここにはいなかったんですか?やっぱり私は騙されたんですか?」
そんなことを聞いても、力がない私が何かをすることはできない。だけど、さっきの夢魔が音弥さんの恋人が遺した可能性が少しでもあるのならば、確認してほしい。もしかしたら、伝えたいことがあったのかもしれない。
音弥さんは私の両肩に手を乗せた。
「彼女の夢魔は存在はわからない。正直、その負の感情にぶつかるのは怖いとも思ってるよ。彼女がこの世にいない以上は、やり直せないし、浄化できないから救うこともできないしね」
駿太の夢魔とは違う。音弥さんが夢魔を退治しても、誰も救われたりしない。ただ、夢魔が消えるだけということか。
音弥さんが少しでも救われたらいいと思ってたけど、他人が口を出すことではないのかも。
「さっき音弥さんの会いたい夢魔がいないと言ったのは、私に気をつかわせないためですよね」
音弥さんは今、彼女の夢魔がいるかもしれないと言った。
「それもあるけど、いない方がいいでしょ」
音弥さんは私の肩を2回ほどポンポンと叩くと、背を向けた。
音弥さんはまだ亡くなった恋人を愛しているのだろう。
「彼女の夢魔がいたとしたら、ただ音弥さんに会いたかっただけかもしれません」
後悔なく亡くなる人なんて、少ないと思う。みんな何かを抱えているに違いない。
音弥さんだって、辛かったに違いない。
「なっちゃん、俺はね、彼女の夢魔に会いたいわけじゃない。彼女には会いたいと思うこともあったけど、今は違う」
音やさんは私に背を向けた。
「亡くなった人の夢魔は、夢主から切り離されてる。動かない感情はもう、夢主のものじゃない。操っている奴のものだよ」
つまり、ここにいる黒い夢魔は芹沢のもの。
「待って。芹沢はどうやって夢魔を操ってるんですか?」
慌てて呼び止めると、音弥さんは振り向かずに答えた。
「自分の負の感情をエネルギーとして与えているとしか思えない」
ってことは、芹沢の負の感情……大きすぎないか?黒い夢魔を退治するより、芹沢を倒したほうが早い気がする。
──いや、それよりも芹沢を負の感情から救ったほうが早いかもしれない。
でも、そんなこと研究所の人たちには言えない。
「音弥さん、気をつけて」
私に言えることはこれだけだ。
音弥さんは振り返って笑顔を見せた。どこか哀しげに見えたのは、私の気のせいだろうか。
「いってくるよ」
そしてすぐに、柚月さんの元に飛んでいった。
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