音弥さんは安全運転で、家まで無事に送り届けてくれた。
家の前で車を止める。
「そういえば、なっちゃんがカイと車で研究所に向かってる時に、夢魔とカイが戦ったよね?あの時さ、カイが怒鳴ったの……俺聞いてたんだよね」
忘れてたけど、聞かれていたんだ。誰もなにも言わないから、あの時は、通信が切れたり、誰も聞いていなかったものと思っていた。
顔が赤くなっていくのが、自分でもわかる。思わず顔を両手で覆った。
「あれは私が未熟で……カイさんには叱られて当然だったので」
「あのさ、責めてるわけじゃなくて。言おうかやめようか迷ったんだけどさ、やっぱりなっちゃんに誤解されたままはよくないと思って」
誤解?
私は、音弥さんの次の言葉をじっと待った。
「カイは、すぐに怒鳴るような奴じゃないから」
あぁ、そういうことか。音弥さんの言いたいことはわかる。
「あの、誤解してないです。カイさんのこと。それにあの後、カイさんとたくさん話したので、わかってます」
あの後のことは、カイさんが強制的に通信を切ってしまったので、音弥さんは知らないと思うけど、カイさんは怒鳴ったことに対してすぐに謝ってくれたし。それに────。
まずい。また思い出してしまった。カイさんに抱きしめられたこと。だけど、これはさすがに音弥さんには相談できないというか、カイさんにはたぶん意味のない行動だって理解している。
「そっか。話ができたなら、よかったよ。あいつ、自分のこと話すのが下手くそだからさ、うまく伝わってないといけないと思ってね。まぁ、研究所に着いてからも普通にしてたから、大丈夫だろうなとは思ったんだけど。あ、こんなこと俺が言ったのは秘密ね」
「はい」
カイさんへの思いやりに溢れている音弥さんに思わず笑顔になってしまう。
「送っていただき、ありがとうございました」
「それこそ、気にしないで。なっちゃんが遊びに来てくれるならいつでも迎えにくるから」
音弥さんは笑った。
私は外にでて、後部座席に乗せていた荷物を下ろした。運転席側に回ってもう一度、お礼を言うと、音弥さんが運転席の窓を開けた。
「こちらこそ、ありがとう。じゃ、行くね」
私は手を振って車を見送った。
非日常の二泊三日だった。研究所に行く前と行った後では自分の家さえ違う色に見える。
「ただいま」
「おかえり。って、送ってもらったの?早く言いなさいよ。お母さんからもお礼言わなきゃ」
「もう行っちゃったよ」
「やだわ。この子は。帰って来る前に連絡すれば出て行けたのに」
母は相変わらず元気そうで、話が長くなりそうだったので、適当に切り上げて自分の部屋へ逃げた。
部屋に入ると荷物を床に置いて、ベッドに倒れこんだ。
そうそう、忘れてはいけないものがあった。すぐに起き上がる。
荷物の中から、カイさんにもらった大きな封筒を取り出した。
給料や、勤務時間、職員寮についてなどの説明と、研究所の業務内容が別々のクリアファイルに入っている。
封筒の中にはまだ、手紙サイズの封筒が入っている。
こっちはなんだろう。
開くと、中は手書きの手紙だった。カイさんからだ。
那津へ
見学お疲れさま。
もしも、うちへの就職を望むなら歓迎します。
それから、なにかあったら必ず連絡してください。些細なことであっても、必ず。
研究所のみんなで、那津のことは守ります。
カイ
手紙の最後には、携帯番号が載っていた。
お礼の電話くらいしてもいいよね?迷惑かな。
ふと思い出した。今日、カイさんは別の仕事に行くと言っていた。何時に終わるかわからないし、さすがに迷惑になりそうなので、電話するのはやめておこう。
やっぱり、電話はハードルが高い。メールアドレスでも載せてくれれば、もう少し気楽に連絡できたかもしれない。
もしくは、あの通信機があれば電源さえ入れておけば繋がれたのに。とはいっても、あれは企業秘密がいっぱい詰まっていそうだし、外部に漏れてはいけない内容を通信しているから、職員でもない私がもらえるはずがないのは、わかっている。
「あぁ、会いたいなぁ、カイさんに」
手紙を持ったまま、ベッドに寝転んだ。
ん?あれ?今、私、なんて言った?カイさんに会いたいって言わなかった?なんで、突然そんなことを口にしたんだろう。
握っていた手紙の文字を見つめた。すらすらとキレイな字で、でも走るようにサッと書いてある。
たぶんこの手紙のせいだろう。カイさんの名前を見ていたからだ。
明日になったら、電話をしてみようかな。とりあえず、番号だけでも登録しておこう。
私の携帯の電話帳にカイさんの名前が登録された。不思議な感じだ。
手紙を封筒の中に大切にしまった。
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