天気のいい日曜日。今日はいよいよコンテストの日。駿太と春斗の演奏が聴ける日だ。
開場が12時、コンテストの開始は13時からだ。会場まで電車で30分以上かかるので、桃香とは駅で10時に待ち合わせになっている。
今はまだ朝8時。2階の自分の部屋で鞄の中身を確認して、準備をする。服装をどうしようか悩んだあげく、Tシャツに短パンというラフな格好に落ち着いた。暑いし、動きやすい方がいいはず。私がステージに立つわけじゃないしね。と、思いながらも緊張して落ち着かない。なぜだろう。
「あら、こんにちは」
突然、母の楽しそうな声が外から聞こえた。たぶん、庭の花にでも水をあげているときにご近所さんでも通りかかったのだろう。陽気な母なので、外に出ると必ず誰かと話している。いつものことだ。
「わざわざすいませんねぇ。那津なら部屋にいますから」
大きく高い母の声しかはっきり聞こえないが、私の名前が出たので窓を開けて下を見た。
その瞬間、心臓が止まるかと思った。見覚えのある金髪が見えた。あの頭は、音弥さんだ。でも、なんで?
慌てて階段を駆け下りる。私が玄関に着いたと同時に、母が外側から扉を開けた。
「あら、今ちょうどあなたを呼びに行こうと思ったのよ」
呑気な母の向こうで、軽く右手をあげる音弥さんが見えた。今日も何故かジャケットは着ていないものの、スーツ姿だ。
「なっちゃん、おはよー」
音弥さんも、呑気に挨拶をしてくる。
私の頭は混乱の中でフル回転する。今日はなんの約束もしていないはずだし、私はこれから桃香と出かけないといけないし。
チラリと母を見た。
この状況を母に説明しながら音弥さんと会話するのはめんどくさいことになるに違いない。
「すぐ戻るから」
母に言い残し、音弥さんの手首を掴んで家の敷地から道路に出た。母の視界から外れるように家の横まで走った。
「なっちゃんてば、積極的だね」
と、わけのわからないことを言っている音弥さんの言葉が脳に到達するのと同時に見覚えのある車と、運転手が見えた。
家の横の道路脇に、カイさんが乗った車が停車している。カイさんもYシャツを着ているのが見える。ふたりとも本社で仕事中のような服装だ。
理由がわからない。こんなに朝早くから夢魔が動き出すはずはないので、緊急事態が起こったとは考えにくい。それにどう考えても、緊迫した空気ではない。
「な、なんで?」
私はカイさんの乗った車に背を向け、音弥さんに問いかけた。
「今日、駿太くんたちがステージに立つ日でしょ?芹沢から、なっちゃんを連れてくるように頼まれてさ」
芹沢が……?確かに彼はコンテストの主催者だったけれど、夢魔に操られて災害を起こそうとした張本人だ。
「芹沢がなんか企んでるってことですか」
「そうじゃないよ。なっちゃんに謝りたいって言ってた。芹沢の中にもう夢魔はいない。許せないかもしれないけど、今の芹沢にも会ってほしい」
音弥さんの声は優しかった。
「今日、コンテストには桃香と一緒に行く約束してるし、チケットも駿太からもらってるので、言われなくても行くつもりでした。だからそう伝えてください」
会場で芹沢に会ってしまったら挨拶を交わすくらいなら、たぶんできる。
「なら、話は早いね。桃香ちゃんて、なっちゃんと一緒にバンドやってた子でしょ?」
「そうですけど…」
「じゃぁ、お兄さんたちがコンテストに付き添うから、桃香ちゃんに連絡して。このまま迎えにいくから」
「いや、でも…」
初対面で金髪と銀髪の派手な人とコンテスト見に行くって、どうなの?むしろ、コンテスト出場側みたいに目立ちそうだし。私なら緊張してコンテスト見るどころじゃなくなりそうなんだけど。
「カイがなっちゃんを一人で行かせられないって言うし、俺も駿太くん見たいし。一緒に行ってよ」
カイさんが私を一人で行かせられないってどういう意味だろう。考えても仕方ないので、桃香に相談してみることにした。桃香が嫌がれば、断ればいいだけの話だから。
「とりあえず、桃香に聞いてみます。それにかばん取ってこないとこのままじゃ行けないので、ちょっと待っててもらえますか?」
「オッケー。ゆっくりどうぞ」
音弥さんは笑顔で返事をしてくれた。なんとなくカイさんの方を見れなかったので、そのまま走って部屋に戻った。
慌てて桃香に電話をかけた。そして、事情を説明すると返ってきた言葉は意外なものだった。
「私までいいの?やったー!送り迎えしてもらえるなんてありがたいよ。それに、どっちだっけ?那津の彼氏…」
「いや、どっちも彼氏じゃないからね」
音弥さんは学校に来たときに誤解されたままだったのか。その後、駿太にカイさんのことを聞いてないから誤解しているかもしれない。どちらにしろ、彼氏ではないのだ。
「違うの?違うのに迎えにくる?」
「たまたま仕事で関係ある人がコンテストの主催者だったからってだけだよ」
嘘はついていない。
「ふ〜ん。まぁ、いいや。私には断る理由ないよ」
桃香が乗り気になってしまったため、私にも断る理由がなくなってしまった。
「じゃぁ、もうふたりとも私の家にいるから、30分しないうちに桃香の家に着くと思うけど、大丈夫?」
「早っ。でもなんか緊張してもう行く準備もできてるからいつでも大丈夫だよ」
桃香も緊張してたんだ。駿太と春斗をステージの下から見ることになるなんてなかったから、落ち着かない気持ちはわかる。
それに加えて、カイさんと音弥さんが一緒という別の緊張まで加わってしまった。
私は鞄を掴んで、カイさんと音弥さんのもとに向かった。
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