音弥さんが脇腹を抑えながら、柚月さんとともにこちらへ歩いてくるのを見ていると、トリコさんが私に声をかけてくれた。
「まだ背中は痛む?」
「鈍い痛みなので大丈夫です」
「肩を貸すから、つかまって」
私はトリコさんに支えられて研究所のリビングに戻った。
ソファーに仰向けに寝かされた。
音弥さんと柚月さんが向かいのソファーに座った。
それからまもなく、カイさんが戻ってきた。
「カイ、早かったわね──」
トリコさんが玄関の扉を開けて、カイさんを迎えようとしたと同時に、研究所の外に車が止まって、誰かがものすごい勢いで駆け込んできた。
「カイくん、無事?トリコくんは大丈夫そうだね。怪我人は?」
カイさんとトリコさんよりも先にリビングに入ってきたのは、寿太郎さんだった。
柚月さんが、トリコさんと芹沢が戦っているときに、寿太郎さんに連絡をとっていたらしい。
「那津くんが怪我人?」
ソファーに寝ている私を見てから、寿太郎さんが部屋にいる全員を見渡した。
「診察するから、柚月さん以外は部屋からでるように」
テキパキと動く寿太郎さんを見ながら、あぁ、そうか服の下を見るから男性は出されるのかとぼんやりと思った。
ゆっくりとソファーから立ち上がる音弥さん。
「音弥くんもあとで診るから」
「げっ。俺はいいって。大したことないですから」
「そんなわけないと思うよ。さっきから冷や汗かいてるようだし、顔色もよくない。脇腹に手を添えていて、立ち上がるのもやっと」
「いや、あの、本当に…」
歯切れの悪い音弥さん。
「カイくん、音弥くんに手を貸してあげて。それから、外で待ってる間に逃げないように見張ってて」
3人が部屋の外に出ると、寿太郎さんが私の背中を診てくれた。
ソファーでうつ伏せになった。
「服を捲くるよ。僕が触っても大丈夫かな?」
寿太郎さんは医者なので、触れられたって気にならないのに、細やかに配慮してくれる。たぶん柚月さんをこの部屋に残したのも、私と寿太郎さんがふたりきりにならないためだろうし。
カイさんや音弥さんは寿太郎さんを苦手としていたけど、私はむしろ好きだなと思う。
「もちろん、大丈夫です」
「那津、寿太郎には遠慮しなくていいからね」
心配そうに柚月さんが声をかけてくれた。
寿太郎さんが、ひと通り背中の具合を確認してくれた。
「打撲だろうね。青くなって少し腫れてるけど、歩けていたようだから骨には異常はなさそうだね。万が一、痛みが引かなければ連絡するようにね。」
「はい、ありがとうございます」
あれ?初めて会ったときと、寿太郎さんの印象が違う。話し方も優しいし。
「とはいっても、無理はしないよう安静に。湿布薬は置いていくから必要なら柚月さんに貼ってもらえばいいよ」
「わかりました」
私がゆっくりと起き上がって服を整える。
それを見届けた寿太郎さんが、部屋の扉を開けた。
「お待たせ。では、カイくん悪いけど音弥くんを車に乗せるのを手伝ってくれるかな」
「ちょ、寿太郎さん、俺も別にここで診察で大丈夫ですから」
「病院に戻らないとレントゲン撮れないから、正確な怪我の状態が把握できない。音弥くんは今は、医師である僕の患者で、柚月さんの大切な仲間だから、意地でも病院に来てもらう」
嫌がる音弥さんを説得……できたかはわからないけれど、3人で玄関から出ていった。
「今回はさすがに寿太郎が正しいと思う」
トリコさんがリビングに入ってきた。
「すいません。トリコさんまで廊下に出してしまって」
「構わないわよ。そんなことより、あいつ、今から病院に行くってことは、入院コースね。窓から見えるんじゃないの?手でもふってあげましょう」
トリコさんが手を振った。柚月さんも両手を振った。
ふたりは笑っていたけれど、元はと言えば、私のせいで怪我を負ったので、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
音弥さんが早く戻って来られるといいけど。
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