柚月さんが語り始めた。
「夢魔は人の負の感情から生まれるって、以前話したわよね。実体はないけれど、その感情の塊は、負の感情が強いほど夢主の姿に似てくるわ。害のない夢魔なんかは、綿菓子みたいなふわふわな光や、ひよこみたいなかわいい色のものもいるの。けれど、今回は完全に人型だった。だからあなたにも夢魔の目が見えたんだと思うわ」
今日会った夢魔は、恐ろしいものであることには違いないらしい。浄化できなければ、災害が発生してしまう。
私は真ん中に置かれた小さな丸テーブルをずっとみていた。
「夢主は夢魔が出ているとき、どうなってるんですか?」
「悪夢を見ている状態ね」
さっきの夢魔は夢主の元に帰らなかった。ということは、夢主は、ずっと悪夢の中?
「ちょっと待ってください。夢魔が弱らなかったら、災害よりも先に、夢主がどうにかなっちゃうってことですか?」
思わず、身を乗り出した。
「目が覚めたときに夢魔が帰っていなければ、負の感情が永遠に続くことになると考えられているわ。簡単に言えば、ずっと悩み続けるってことかしら。夢主がその間の記憶をしっかり覚えていて、私達に説明してもらえる機会はめったにないから、確定的なことは言えないけど」
じゃぁ、今日見た夢魔の夢主も悩み続けることになるのか。
「なんか、夢主さんも夢魔も辛いですね」
「でも、同情は禁物よ。相手の感情に飲み込まれてしまうから。私達はあくまでも防災のために夢魔の浄化をしているのであって、夢主を助けるためにしているわけじゃないから」
柚月さんの言葉に驚いた。
突き放されたみたいで心が痛む。
夢主だって好きで負の感情に囚われたわけじゃないと思う。私だって、ずっと歌が酷評されたことに悩んできたし、今だって進路すら決められない。もしかしたら、私が夢魔を発生させてしまうことがあるかもしれない。いつでも強くいられる人ばかりじゃない。
「でも、悩みに寄り添ってもらえたら、それで負の感情が消えたりするかも」
思ったことがそのまま口に出てしまった。
柚月さんは悲しそうに笑った。
「悲しみや怒り、憎しみに寄り添ってあげられるのは、私達じゃないわ。夢主の身近な人たちよ」
でも身近な人に裏切られたり、誰にも話せないこともあると思う。知らない誰かに救われることだって……。
柚月さんが伸ばしていた脚を引き寄せて、体育座りをした。
「私達は夢主の友達でもなければカウンセラーでもないの」
言っていることはわかる。夢魔の存在を知らない夢主に、いきなり初対面の人間が悩みを聞きますよと言っても、不信感を持たれるだけだろうし。
だけど、ちょっと冷たく感じてしまう。
自分が夢主だったらって考えたら、辛い。
「那津も、この仕事をすればわかるわ」
本当にそうだろうか。
もしも私が研究所の職員になったら、夢主も救う道を探したい。
「柚月さんは、この仕事辛くないですか?」
「もちろん辛いこともあるけど、世界を救う仕事だもの、やりがいはあるわ」
柚月さんは背筋を伸ばし、両腕を上に上げて大きく伸びをした。
「那津は、この先どうするの?そういえば就職の件は、まだ返事もらってなかったわよね?」
まさかの質問に下を向く。でも、チャンスかもしれない。今なら、研究所に見学に行きたいと伝えられそうだ。
顔を上げて、柚月さんを見た。
「あの……」
言いかけた時に、また通信機からピーという大きな音が聞こえた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!