月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

3.歌が下手な子

公開日時: 2022年2月25日(金) 23:55
更新日時: 2023年11月4日(土) 01:07
文字数:2,311

 昨日のことが全て嘘だったかのような月曜日。眠気に襲われ、ぼーっとしている間に一日が終わってしまった。

 昨日の電話のことを謝ろうと思ったのに、隣のクラスの桃香は、今日は学校を休んでいるらしい。


 部活に向かう友達を見送ってから、教室を出ると廊下で駿太に会った。


「春斗と一緒じゃないの?」


 私が問いかけると、駿太は「いや」と短く答えた。

 どうやら春斗は今日の授業をサボったようだ。


「昨日、桃香からもらった曲、那津の声ならいい曲になると思うよ、俺は」


 それだけ言うと、駿太は他の友達に呼ばれて去っていった。

 桃香はみんなに曲を披露していたみたいだ。

 不安が頭をよぎる。私がボーカルのままでは、あのバンドは評価されないままになってしまうかもしれない。いい曲ばかりなのに。

 

 下校する学生でざわざわしている中、私もその流れに乗って校門を出た。

 すると、自分の名前が聞こえてきた。女の子が数人で話している。


「うちのクラスでバンドのコンテスト出た子がいたんだけどさ」


「え?すごくない?」


「いや、違くて。うちの兄ちゃんも同じコンテスト出てたから、聞いたんだけどね。隣のクラスの那津って子がいるじゃん?あのボーカルの子がすっごい酷評されてて、他の子がかわいそうだったとか言ってて」


 ちらりとこちらを見られた気がした。

 自意識過剰なだけかもしれないので、気づかないふりをする。

 駅までの道が同じの上、周囲の学生の歩くスピードも変わらないので、気まずいまま、会話が全て聞こえてくる。


「そのバンドって、春くんと駿太くんのだよね?なんでそんな子とやってるのかな?」


「知らないけど、私がやりたいよ。春くんは明るくて楽しいし、駿太くんもクールでいいじゃん!なのに歌が下手な子と組んでる意味がわからない」


 今度は振り向いた女の子と完全に目が合った。これは、嫌がらせなのか。

 

 確かに魅力がないとは言われたけど、歌が下手だとは言われてない。と、思う。たぶん。

 だんだん自信がなくなる。

 だけど、よく知りもしない人に陰でこそこそ言われたくない。

 だからと言って、ここで何を言い返す?


 私は無視を選択した。


 彼女たちは、まだ私達のバンドの話で盛り上がっている。

 足を早めて、彼女達を追い抜こうとしたとき、横から腕を引っ張られた。


「こんにちは」


 金髪を後ろで小さく束ねた、背の高い男性が声をかけてきた。スーツを着ていて、左耳にピアスをしている。童顔だけど、くっきりした目が印象的だ。


 反射的に関わらない方がいい人間と判断して、手を振り払う。


「ひどいなぁ。なっちゃん」


 周囲の学生から視線を集めているが、彼は気にもとめない様子で、払われた手をひらひらと動かしている。


 私のことをそんなふうに呼ぶ男性は、ひとりしか記憶にない。とはいえ、太陽の下では印象が違うので、恐る恐る「音弥さん」と口に出してみる。


「ピンポーン。大正解」


 音弥さんは満面の笑みで私に答えると、振り返って様子を見ていたさっきの女の子たちに声をかけた。


「コンテストってなに?」


 音弥さんは、にっこり笑っている。


 女の子たちは戸惑っているようだったが、コンテストのことを話し始めた。

 後ろに立っている私の存在なんて忘れているに違いない。


 一通り話を聞き終わると、音弥さんは優しい声で「ありがとう」と言った。

 私の位置からは彼の表情はわからないが、女の子たちは嬉しそうに笑っている。


 次の瞬間。


「でも、なっちゃんは歌が下手ではないよ。変な噂を広めたら──」

 音弥さんの声が急に低くなる。

「──どうなっても知らないよ」


「さぁ、なっちゃん帰ろう」


 振り返った音弥さんは笑顔だったが、一瞬にして場の空気が変わった。

 女の子たちも、さすがに黙った。

 怖い。でも、あれは私を庇ってくれたのかな。

 表情が見えなくてよかったと思ったことは秘密にしておこう。


 私は音弥さんに手を引っ張られて、通学に使う駅まで歩いた。


「この駅から電車で帰るんだよね?」


 信号待ちの交差点で向こう側に見える無人駅を音弥さんが指さした。

 聞きたいことが山ほどあって、正直、駅なんてどうでもいい。


 あ!!


「なんで私の学校知ってるんですか?しかも下校時刻までぴったりだったし」


 ストーカーか?そんなことをするタイプには見えないけど。

 赤信号が急に不安を煽る。


「なっちゃんのお母さんに聞いたから」


 母よ、娘を危機に陥れるのはやめてくれ。今どきは個人情報は厳重に扱うものじゃないの?


「家、行ったの?」


 思わず敬語を忘れる。


 何かを察したの音弥さんが、スーツの胸ポケットに手をやると、中から名刺を取り出して、差し出した。


 “特殊気象研究所 音弥”


 携帯番号が書いてあるが、研究所の住所が記載されていない。


「わかりやすく言えば、気象庁の外部機関って感じかな。科学で解明できない部分の災害を未然に防ぐ仕事をしてる。で、俺はここの職員。今日の夕方に家にいてって言ったのは、仕事の話なんだけどさ、なっちゃんがいなかったからお母さんにいろいろ教えてもらって、ここまで来たってわけ」


 信号が青に変わったけれど、渡る人達を見送りながら音弥さんの話を聞いていた。


「なんで、研究所の職員さんが私に話があるんですか」


 母にはなにを説明したのだろう。

 音弥さんの名刺を見つめたまま、動けない私。


「住所は秘密ってことですか?」


 所在地不明の名刺は通用するのだろうか。


「あぁ、俺は研究所にほとんどいないから。電話番号も携帯番号だけしか載せてないし。名刺なんてさ、所長と副所長が持ってればいいんだよ。俺はほとんど使わないから、形だけ。とりあえず、所長と副所長が君の家で待ってるはずだから、先を急ごう」


 音弥さんに促されて、名刺を制服のポケットにしまった。そして、大人しく家に向かうことにした。












 





 







 





 











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